テンポラリーラブ物語
 それでも必死に立ち向かおうと震えるような足取りで気をつけをする。

「今日からお世話になります。斉藤なゆみと申します」

 どうやら知らないうちに社長が雇ったらしい。

 これは専務の好みではない。

 短い髪、まるで少年のよう。

 そして黒いジーンズに白いシャツ、上に地味なジャケットを羽織っている。

 肩には山登りにいくのかというくらいのリュックサック。

 そして何より、すっぴんだった。

 女性としての色気など全く何も感じられない女の子。

 それでも化粧はしてなくとも、色白できめ細かい肌はきれいだった。

 すっぴんだけれども、不細工ではなかった。

 むしろ素朴なかわいさが漂う。

 一通り観察してから、氷室は「ああ、よろしく」と無感情に返事した。

 一番端のシャッターを半分まで開け、そこを氷室が潜る。

 なゆみはどうしていいのか分からずもじもじとしたまま突っ立っていた。

 氷室は開いたシャッターから顔だけ出し、指示をする。

「とにかく入って」

 なゆみは「はい」と歯切れいい返事をして腰を屈めてくぐった。
< 7 / 239 >

この作品をシェア

pagetop