テンポラリーラブ物語
 会計場で、支払いをしようと氷室が財布を取り出したのを見ると、なゆみは突然タックルを掛けて、突き飛ばした。

 氷室は「わぁ」と突然のことに驚いてバランスを崩しぐらつく。

「おい、何すんだ。お前は闘牛か」

「ここは私が払います。ご迷惑かけたのは私ですから」

 慌ててリュックから財布を出そうとする。

「馬鹿、そんな大きな声でここで支払いのことで議論するな」

 氷室はなゆみを無視して、支払いを続けた。

 釣りを受け取るとさっさと、出口に向かった

「あっ氷室さん。待って下さい。氷室さんったら」

 氷室は逃げるようにホテルから出て行った。

 外に出るなり、追いかけて来たなゆみに「バカ!」と怒鳴った。

「えっ、なんでそんなに怒るんですか」

「俺の名前をあんなところで何度も呼ぶな。名前がばれてしまっただろうが」

「えっ、でも会計場はついたてがあったし、顔はみられませんでしたよ」

「あのな、お前、あそこがどういうところかわかって話しているのか? お前、もしかして鈍感?」

「あっ、それよく言われます」

「ああ、やっぱり。だったらもういい」

 氷室はスタスタと歩き出した。

「氷室さん、待って下さい。とにかく支払いは私が……」

「だからもういいって言ってるだろうが。俺の奢りだ」

 氷室はやけくそになっていた。

「あ、そんな、そしたら今度は私が払います」

「お前、またあそこへ俺と戻るつもりか?」

「えっ? ち、違います。そういう意味じゃなくて。その、もし今度何か奢れることがあったらっていう意味です!」

 二人の会話はちぐはぐしていたが、二人とも呆れて最後は顔を見合わせると笑うしかなかった。

 それは一歩二人の距離が縮まったように思えた。

 そしてホテル街を曲がって大通りにでた時、偶然ジンジャと鉢合わせてしまった。
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