別れたいのに愛おしい~冷徹御曹司の揺るぎない独占愛~
「違う! 言いたく無い訳じゃないんだ。ただ嫌な事を思い出して反応が遅れたんだ」
「嫌な事?」
「家の事。俺の家はちょっと特殊なんだ。だから実家を出て一人でこの部屋に住んでたんだけど、それについても散々文句を言われていて、最近は仕方無く家で寝泊まりしていたんだ」
「家って、社長の家なんだよね」
私は直接話した事は無いけれど、新年の挨拶の時などに遠くから見る社長は、それなりに貫禄のある一般的な社長のイメージそのものといった感じの人だ。
誰かが言っていたけれど、外見は奏人とは少しも似ているところが無い。
奏人は間違いなく母親似だろう。
「前から早く落ち着いて仕事に専念しろって言われてたんだ。いろいろ有って俺もなかなか決心がつかないでいたけど、漸く覚悟を決めた」
「覚悟って……次の社長になるって事?」
「……そこまではまだ決まって無いけど、さくら堂で働いていく事。かと言って何でも言いなりになるつもりは無いけどな」
「そう……」
でも、言いなりにならないと言っても、奏人の立場なら自由な事ばかりしていられないんじゃないかな。
現状、一人暮らしに文句を言われている位なんだし。
「理沙に嘘を告白した後、社長と海外の拠点に行って挨拶もして来たから、本当にもう引き返せないよな」
奏人は自分自身に言い聞かせる様に呟く。
「社長と海外拠点に? 知らなかった」
私みたいな一社員が社長のスケジュールを知る由も無いし、そもそも奏人の事が無ければ社長なんて雲の上の人の動向を気にした事は無かったし。