あの先輩が容疑者ですか? 新人ナース鈴の事件簿 
 林鈴は、訪問看護ステーションりんごの新人看護師である。

 二十四歳、勤め始めてまだ六ヶ月目。通常、病院勤務経験者しか採用しない訪問看護業界にあって珍しく、完全なるまっさらな新人なのだ。

 もちろん、就職した四月には、点滴や創処置はおろか、入浴介助も、単なる血圧測定でさえも覚束ない有様だった。看護学校に就職報告をしたとき、「まさか」と驚いていた教諭たちの顔が、その採用のあり得なさを物語っていると言えよう。

 そんな鈴を「新人が訪問看護で使えるか知りたいから、試しに採ってみてあげる」と採用した勇気ある奇特な人物が、有限会社おむすびの所長、結見満子、五十六歳。

 制度に先駆けて必要な介護施設を立ち上げて来たという結見は、自身も看護師、そしてケアマネージャーとして働きながら複数の施設を経営するパワフルな女性である。彼女の悪く言えばちょっと大雑把、良く言えば懐の深いところを、鈴は慕っていた。

 他には、完璧主義で細かいところまで教育熱心な所長看護師の原良子、とにかく早く仕事を終わらせたいパート事務員の熊谷美那、そして利用者増加と鈴の教育のために人手が足りずに新たにこの六月に雇われた新人看護師の日向清世が、訪問看護ステーションりんごの全職員である。


「ただいま戻りましたあ」

 煉瓦造り風の事務所には、昼には珍しく全職員が揃っていた。急いで手洗いをしているのに、清世に少し遅れて戻った鈴にさっそく「教育的」問いかけが降りそそぐ。
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