嘘つきには甘い言葉を
投げやりな気持ちで数歩後ろを着いていくと、水無月隼人はデパートに入っていく。

エスカレーターを三階で降りると、原色からパステルカラーまで、明るい色がフロアに溢れていた。

この秋の流行りはロングカーディガンやロングシャツだって、和香が雑誌を捲っていたのを思い出す。

「ミニスカートとか履いて、ロングガーデから出る素足ってのがいいよね。あ、でも龍ちゃんの許しが出ないかな」

和香と龍君が付き合い始めて半年、和香はいつも龍君の話をしてる。

ぼんやりしてしまった私のことを振り返ることもなく、水無月隼人はショップに足を踏み入れる。

私は慌てて追いかけて、服の裾を掴んで耳元で囁いた。「ちょっ……ちょっと、私こんなとこで服買うお金なんかないです」

「俺が買うんだから気にするな」
そう言って黒のチュニックを当ててくる。いや、服買ってもらうような関係じゃないし。

「顔が地味だから黒はダメだな」いや、余計なお世話だし。
8センチはあるヒールを鳴らして店員が近寄ってきた。

「彼氏さんからのプレゼントですかぁ?それすごく売れてるんです。彼女さん細いから、何でも似合いますよぉ」
営業スマイルピカイチで巻き髪の店員さんは、歯が浮くようなお世辞を浮かべてマネキンの着てるワンピースを勧めてくる。

156㎝50㎏の私は、太くはないものの決して細い方ではない。それにレモンイエローのミニワンピースなんか絶対着ないんだから。その上23000円って書いてあるし! 
無理無理無理。

「ごめんなさい。いいです」
私は「着てみろよ」なんて言ってくる水無月隼人をエレベーターの前まで引っ張ってきた。

「服を買ってもらうなんていいです。そんなお金があったら自分のことに使って下さい」

「女は男からプレゼントされるのが好きだろ? 何で嫌がる?」
心から不思議そうな顔で尋ねてくる。本気で分かってないみたい。こういう人には、何て言ったらいいんだろう。しばらく考えた末、私はこう言った。

「プレゼントしてもらえるのは嬉しいけど、理由もなく受けとれません。水無月さんがバイトとかして稼いだ大切なお金でしょう?」

「俺はバイトなんかしたことない。親から送られてくる金で十分生活できてる。それで女に買ってやるのは駄目なのか?皆喜ぶのに、お前は本当に変なやつだな」

「でもそれはお父さんやお母さんが稼いだ大切なお金で……と、とにかく服は自分で買いますけど、ここは無理です」

何で服を買うことになっちゃったのかわからないけど、とりあえずデパートを出よう。このままここにいたら、勝手に買われちゃいそう。

バイトしたことないって、水無月隼人ってお坊ちゃんなの? さっきから全然噛み合わないよ。

「お前がここで買いたいって店があるならいいけど……」渋々、といった様子で彼は銀の箱に足を向ける。良かった、デパートは離れられそう。でもどうしよう。

服……服……そうだ!!
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