嘘つきには甘い言葉を
暗くなったバスターミナルを視界の端に外階段を上る。足取りは……重い。腕時計に目をやると9時10分。
思い切り時間をかけて着替えたつもりだけど10分しか経ってないし、これ以上時間稼ぎは出来そうもない。

深呼吸してガラス扉を押すと、窓際の席に腰かけて画面をタップしていた水無月隼人が顔を上げた。私を認めるとタブレットに向き直って、彼の後ろに立った時には画面は暗くなっていた。

「何してるんですか?」
「秋の大運動会、景品の手配」
運動会って、K大にはあるのかな。

大学の運動会なんてあまり聞いたことないけど。首を傾げる私にパソコンを鞄にしまいながら水無月隼人が言う。
「SIZEの次のイベント。クラブ系イベントは鉄板だけど、お前らみたいな普通の大学生は参加し辛いだろ。こういうのが盛り上がるんだよ。陸上競技場貸し切って本気でやる」

そういえば水無月隼人が代表を務めるサークルの名前、SIZEだったっけ。所属人数は100人以上だって美紀が言ってた。初めは誰でも気軽に参加できるイベントが多くて幹部はイケメン揃いだって興奮してたけど、最近はなかなか幹部とお近づきにはなれないって愚痴ってた。
聞いてるだけだった私が代表の水無月隼人と当たり前みたいに話してる。こんな風になるなんて想像もしてなかった。

「楽しそうですね。私足はあまり速くないけど、身体を動かすのは好きなんです」相槌を打つと水無月隼人の目が輝いた。
「だろ。せっかく遊ぶなら本気で遊びたいだろ。大学にもなると皆俺は大人ですって顔して守りに入るんだ。そんなの面白くねーだろ。俺は何歳になっても本気で遊びたい」
へぇ、意外。有名サークルの代表なんてもっと格好つけてるものなのかと思ってたけど、子どもみたいな顔するんだ。
バスケに夢中になってた龍君みたいな顔。龍君よりも数段整った顔でこんな表情をされたら、大抵の女の子はイチコロなんだろう。

「ふふ。入りたいって言ったら私も入れてもらえるんですか? SIZE」
水無月隼人の生き生きとした表情に惹かれて思いつきで口にする。

「お前はダメだ」
「え、どうしてですか?」
「……あいつら手早いから。お前はダメだ」
「あいつらって、友達ですか?」

……一応心配してくれてるってこと? 水無月隼人が一番、手が早い気がするのは私だけなのかな。頭に浮かんだ言葉は口に出すと怒られそうだから引っ込める。

「友達じゃねーよ。ただの同じサークルの奴ら」急に水無月隼人の声が冷たくなった気がした。「え?」と顔を覗き込もうとしたけれど立ち上がった彼の横顔にしか私の視線は届かない。
「飯まだだろ。俺腹減った」
飯……。あ、そうだった。
昨日ドアが閉まった後に気が付いたテーブルの上の福沢諭吉。あれ返さなきゃ。
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