嘘つきには甘い言葉を
「水無月さん、コーヒー飲みます?」
食後はコーヒーだって知っているけど、一応毎日尋ねる。
何よりも甘いものが好きな私は、好きなだけ食べていたら風船みたいに膨らんでいっちゃうからデザートも手作り派。

と言っても一人暮らしのマンションにあるオーブンレンジでは本格的なケーキは焼けなくて、クッキーとかプリンとか簡単なものばかりだけど。

今では水無月隼人はローカロリーデザート研究の立派なアドバイザー。
「おからクッキー? 意外といけるけどパサパサしすぎ」「人参はゼリーにするもんじゃねーよ」と好き勝手言ってくれる。

今日はおからココアケーキ。おからが入っていることは秘密にしてみよう。気づくかな。
やかんを火にかけてほくそ笑む。

「隼人って、言ってみな」
突然耳元で囁かれて飛び上がった。
「急に、何ですか……?」バクバク早くなる心臓を無視して冷静な声出そうとするけれど声が震えてしまう。水無月隼人と一緒にいると時々こういうシチュエーションがあって、からかわれているだけだって分かっているのに反応してしまう自分が悔しい。

「…………」名前を呼ぶなんて妙に気恥ずかしくて……何も答えられないでいると耳に温かいものが触れた。それが水無月隼人の舌だと理解する前に甘いため息が出る。

「やっ、め……」
わざとらしく吐息をかけて水無月隼人は囁いてきた。
「言わなきゃ、ずっとこのままだけど?」

こんな状況無理無理無理。
力が抜けてどこかにもたれかかろうとしたけれど、頼れるものは彼の身体しかなかった。
「誘ってんの? それならそれでもいいけど」

耳たぶを噛まれて私はやっと「は、や……とさ、ん……」と言葉を絞り出した。
彼は満足げに喉を鳴らして首筋にキス。
「さんはいらないけど、今日は合格にしといてやるよ」

目の前で蒸気を噴き出してるやかんに手を伸ばすことも出来ずに力の入らない身体で彼を押しのける。思いっきり睨んでみたつもりなのに、水無月隼人は目じりを下げて頭を撫でてくる。
「そんな顔すんなよ。我慢できなくなるだろ」

じょ、冗談じゃない。
これ以上何かされるわけにはいかなくて、私はやかんに向き直ってコンロのつまみを回した。

「コーヒー、ですよね?」
「彼氏に敬語はいらないんじゃね?」
「コーヒー入れるから大人しく座ってて‼」

「ははっ」と笑いながらテーブルの前でタブレットに向き直った水無月隼人を横目にドリップコーヒーにお湯を注ぐ。
すっかり彼のペースだ……なんだか悔しい。

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