嘘つきには甘い言葉を
「ご予約の山田様ですね。ご案内します!」笑顔で爽やかな店員さんが案内してくれる。チェーン店の焼鳥屋だけど、接客はなかなか。

奥の座敷の襖を開くと見慣れた後姿が目に入った。大きめのTシャツ重ね着に短髪の背中は……龍君。
「あれ、一人?」
今日私は3限まで、和香は4限までだから先に出てきたけれど、二人は一緒に来るものだと思っていた。

不思議に思って尋ねるけど、逆に龍君に尋ねられる。
「お前、彼氏は?」
「んー、適当に来るんじゃない?」
多分、来ると思うんだけど実はよくわからない。

毎日会っていても今日の事は特に話題に出なかったし、隼人さんのメールはいつも「今どこ?」とか「バイト何時まで?」とか事務的。

素っ気ない言い方をしてしまったのか龍君の顔が曇った。
単純って言葉をそのまま当てはめたような彼は、感情が表情に出やすいのが特徴で声も暗い。
「お前さ、彼氏、大丈夫なのか?」
「何が?」
「俺らの高校からK大に行った豊覚えてる? あいつに聞いたんだ。水無月さんって有名だって」

SIZEはK大でも一二を争う人気サークルらしいから、その代表の隼人さんが有名でもちっともおかしくない。

「だろうね。それがどうかした?」首を傾げると龍君は言いにくそうな顔をしてうつむいた後、顔を上げた。
真剣な瞳とぶつかって、心臓が跳ねる。龍君は大事な話を笑ってごまかしたりはしない。言いにくいことでも自分の思ったことは口にする。

「彼女は絶えないけど、長続きしないって聞いた。ちゃんと大事にしてくれてんのか、お前こと」
真摯な瞳。私の事を心配してくれている気持ちが伝わってきて胸が苦しい。大事にしてくれてないって言ったらすぐにでも隼人さんを殴っちゃうんだろうな。優しくて友達思いで、真っ直ぐな龍君。龍君のことが好きだって言ったらどうなるんだろう。

そんなこと本当は分かっている。

和香のことが大切な龍君は、私の事も傷つけたくなくて悩んで、でもきっと言うんだ。ごめん、俺が好きなのは和香だって。だから私もこう言うの。

「隼人さんは大事にしてくれてるよ。もしも長続きしなくても、私は隼人さんのことを好きになった事を後悔なんてしない」
私の心の中で隼人さんは龍君に置き換わる。そう、龍君を好きになったこと、何があっても後悔なんてしない。

ばつの悪そうな顔をして龍君は「心配する必要なかったな」と白い歯を見せた。
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