嘘つきには甘い言葉を
鼻歌なんか歌っちゃって機嫌がよさそうな隼人さんと部屋の扉をくぐる。
暖冬だって言われた今年だけど、今日やっと関東で積雪があったらしい。手袋に包まれていてもかじかんだ手でリモコンのボタンを押すけれど、掃除を怠っているエアコンはなかなか風を送り出さない。

私は温かさを求めてガスコンロのつまみをひねった。
「今日はシチューだよ。寒いもんね。隼人さんはビーフとクリームどっちが好き? 私はね……」

話している途中だったのに、ひやりとしたダウンが頬に触れて抱きしめられたことを認識する。頭の上に隼人さんの顎が乗った。

「何?」緊張を悟られないように努力したら、素っ気ない声になった。
「寒いから。暖めてやろうかと思って」
「……遠慮します……」

いつもはここで「ははっ」って笑って離れる隼人さんの腕が、今日はなかなか緩まない。
どうしたのかな、と思ったら聞き取れないぐらい小さな声が耳に届いた。

「そろそろ返事、欲しい……」
「え?」首を持ちあげて見上げるけれど、彼の頭は肩の上に降りてきて表情は伺えない。
何か言わなくちゃ、と思うのに頭は真っ白で口からは一言の文字も出てこない。

「部屋暖まってきたな。ところでシチュー大丈夫?」
何事もなかったかのように隼人さんは口の端を上げて、鍋を指さした。

「あっ、クリームシチュー。焦げたら食べられないよ」
私は慌てて鍋をかき混ぜる。

いつまでも今のままでいられないのは解ってる。
解ってるのに私……。

隼人さんと真っ直ぐに向き合う勇気もないくせに失うのも嫌で、答えを求めてこない彼に甘えてるんだ。
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