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伊月君の痕跡が消える頃、富樫さんにはお断りの電話をした。
会わずに断るのは失礼かとも思ったけれど、お断りするためにまた二人で食事する方がどうかと思ったからだ。
「24日は行けません」と言うと、富樫さんはがっかりした風でもなく笑っていた。
『やっぱり彼を忘れる決心はつきませんでしたか?』
「決心も何も、感情をコントロールすることは無理だとわかっただけです」
『なるほど。確かに、誰かにうまく合わせることはできても、自在に恋に落ちることはできませんからね』
「本当にすみません」
『いえいえ。元はと言えば田山さんが言い出したことですから、あなたに責任はありませんよ』
「だけど最初からお断りするべきでした」
『「好きになれずにすみません」ということでしたら、おあいこです。お気になさらず』
「ありがとうございます」
『どうしようもないほど誰かを好きなるというのは、苦しいものなのでしょうね』
「苦しいです。けれど、それだけではありません」
『羨ましい。その気持ち、どうか大切にしてください』
富樫さんは最後の最後まで紳士だった。
彼に想いを寄せた女性も多かっただろう。
だけど、誰かに好かれること以上に、誰かを好きになることは幸せなのだろう。
富樫さんの少し寂しげな声でそれがわかった。
もういいか、って思う。
恋に結論を出す必要あるのかなって。
好きだからって、相手に答えを求めなくてもいいじゃない。
片想いをそのままにしてもいいじゃない。
確かに私には時間がないけど、つまずいてしまったけど、仕方ない。
諦める。
伊月君を忘れることも、答えを出すことも、来年中に結婚することも。