ポイントカードはお持ちですか?



やっぱり私の目論見はたいてい崩れるのだ。


3月初旬。

伊月君の異動はなかった。




「どうしよう?」

「どうしようもないでしょう。もう公表したらいいじゃない」

「今更?変に隠した分、余計に恥ずかしいよ」

「別に大々的に発表する必要ないよ。ただ普通にしていればいいだけだよ」

「その『普通』がもうわからないんだって!」

「じゃああと一年こんな生活続けるの?俺は無理」


午前中に異動の発表があってまもなく、倉庫で前年度資料を探すフリをしながら私たちはひそひそ声で話し合っている。

私だって無理だけど、公表しちゃったらどんな顔して仕事すればいいのよ。
外で知り合いに会ったらお互い気まずいじゃない。

やっぱり職場恋愛って面倒臭い。

早々に発見済みの分厚いファイルにため息を落とすと、フワッと埃が舞ってくしゃみが出た。
くしゅん!はあ、ズルズル。

「さっさと覚悟決めたら?じゃあ、俺は仕事に戻るから」

ため息混じりに私の後ろを通り抜けて出口に向かう。
その際、ため息と同じ重さのぬくもりが首筋に触れた。

うわあああああああ!

慌てて振り返るも、見えたのは今閉じていく重い扉だけ。
恐らくその扉と同じくらい無機質な顔でこんなことしたのだろう。

かつてガッツリキスマークをつけて私にさんざん怒られたので、彼はそのあたり非常に気を使っている。

今度は触れるか触れないかの曖昧な接触だったのに、全身抱きしめられたくらい体温が上がってしまった。

もう悩むことすらできないくらい、頭も沸騰してしてしまった。
こんな顔で課には戻れない。


前年度資料は、しばらく見つからないことにしよう。




< 139 / 143 >

この作品をシェア

pagetop