ポイントカードはお持ちですか?



私は元々脳の容量が小さいのではないかと思う時がある。

仕事のことや重要な約束はめったに忘れないのに、「必要ない」と心が判断したものは見事に忘れる。

歯医者の予約なんて、当日の朝に「今日は歯医者だ!」と思っても絶対に忘れる。

一番ひどいと思ったのはつい去年のこと。
ショッピングモールを歩いていたら、向かいから歩いてきた男性が「あ!」という顔をした。
私も彼に見覚えがあったので仕事関係の知り合いだろうと「あ、どうもー。いつもお世話になってますー」と笑顔で声を掛けた。

数瞬後に思い出して一気に焦った。
高校時代の元彼だったのだ。

彼は奥さんとお子さんも一緒だったからさぞ困ったことだろう。
私は笑顔のまま通り過ぎ、足早に逃げたのでその後のことは知らない。

無視するべきだった。
本っ当に本っ当に申し訳なかったと思う。


年を取るにつれひどくなる自分の忘れっぽさがほとほと嫌になった出来事だった。


そんな私でも、伊月君とのことが忘れられるはずはない。
忘れる気もない。

この出来事は心が「必要だ」と判断しているようで、むしろ日に何度も何度も思い出す。
真っ昼間に、頭の中で何考えてるんだって恥ずかしくなるくらい。

私の気持ちを全然察してくれない課長には、人の心を透視する能力はなさそうで助かった。

「咲里亜さん。調子良さそうだね。これもお願いします」

どこをどう見たら「調子良さそう」に見えるのか疑問だけど、今だけは仕事の忙しさに感謝している。

悩みを吹き飛ばすのは、プラスの感情ではなく忙しさらしいのだ。
神様は私を完全には見捨てていなかった。

救いの手は別の形で欲しかったけれど、この際文句は言っていられない。


< 80 / 143 >

この作品をシェア

pagetop