縁側で恋を始めましょう
あくびをかみ殺して通いなれた会社のエントランスを抜けると、後ろから聞きなれた声が呼び止めた。
「おはよ、紗希」
同期の水島香苗が笑顔で立っていた。
耳の下で揃えられた髪が爽やかに揺れている。今日も化粧バッチリで、抜かりはない。
「おはよー」
やや機械的に返事をすると、香苗は私の腕を掴み、内緒話をするように顔を近づけた。
「ねぇ、知っていた? 受付の矢部さん。堤フーズの営業と結婚して辞めたって」
「うそ!?」
チラリと受付に目をやるが、噂の矢部さんはいない。
話したことはなかったが、確か20代前半で髪の長い可愛らしい子だった。
社内でもそこそこ人気があったようだから、結婚に嘆く男性社員も少なからずいるだろう。
しかし、堤フーズはウチのライバル会社の一つだ。
そこの社員と結婚とはなかなかやるな。
「きっかけは合コンらしいけど、結婚後はさすがに居づらいって退職したみたい」
「そりゃそうでしょう。私でも無理だわ」