アイドルの素顔に夢を見るのは間違っている
ツカツカとハイヒールの音が事務所に響く。私は、その音と共に健吾さんと距離を縮めるとキッと彼を睨みつけた。
「俺はみんなみたいに爽やかキャラじゃ無い。はぁ?馬鹿なの!?全員が全員爽やかだったら面白く無いし、蓮斗さんのどこが爽やかなのよ!!?」
「…あ、いや……」
「迷惑かけたくない。 いつもいい子でいなきゃいけない。気持ちは痛いくらいわかる。でもそんな顔色を伺う健吾さんの得意技は、ここでは必要ない!!」
カッと目を見開いた彼を私は見逃さない。
思っていた通りだ……身体に染み付いている。幼い頃から父親に洗脳されていたんだろう。癖になっているんだ。
「人の変化に対応できる健吾さんは、この4人には必要なの。縁の下の力持ちは、絶対いる。」
周りの4人が空気を読んで黙っているのは、今回のことを全て私に託したからだろう。これは一発勝負だ。今日でダメなら彼の心を動かすのは無理に等しい。
まだ悩む健吾さんに、私は一度金庫へと向かいお母さんが残した通帳を取り出した。
「……賭けよう」
「へ?」
「私と賭けで勝負しよう。」
私の言葉に彼は、目をパチクリさせる。
ギャンブル好きならもうこれしかない。
「賭けるのは300万、借金分ね。私が勝ったら事務所から出て行って。健吾さんが勝ったらこれはあげる。」
「……心優ちゃん」
「どっちにしろ二分の一。泣くも笑うも一回勝負。賭けの題材はお金がある私が決めるし、健吾さんが負けても引き止めたりしない。手に入れたお金は、ギャンブルで手に入れたもの……それなら払えるでしょ?」
「待って……小娘。あんたの運の方が強いに決まって…」
「俊輔さんは、黙っててください。」
横槍を入れたおネェにぴしゃりと入れるとウッと言葉を詰まらせた。
「やるの?やらないの?どっち?」
私の真面目な顔に健吾さんがゴクリと唾を飲む。そしておずおずと口を開くと
「やる……」
なんて答えを出した。
「わかった。ここからは2人で話をするからみんな出て行って。」
「え、でも僕ここにいたい」
「凛太郎くん……大丈夫だから。」
私の笑顔に
「行くぞ」
と声をかけたのは蓮斗さんで、鶴の一声と言ったようにぞろぞろと事務所から出て行く。
2人きりになり静まり返った後、私はソファに健吾さんと向かい合って座った。
「良いって言ったからには、賭けの内容を聞いた後にやめるのは無しね」
「了解。」
ドクンドクンと彼の心臓の音が聞こえてきそうだ。
私はこいつらをアイドルにすると決めた。1人でもかけたらいけないのだ。
「……健吾さんがアイドルになれるか、なれないか賭けよう。」
「……!?」
「私は、なれない方に300万賭ける。」
絶対にここに残ってもらうんだから。
「心優……ちゃん」
「確かに健吾さんは運はないかもしれない。だけど自暴自棄になってるからだと思う。みんなのことを考えられるっていうのは素敵な才能だし、さっきも言ったようにこの4人には必要なものよ。」
まだまだ問題は多いし、まとまりは無いけれどその4人をまとめらるのに彼は必ずいる。
「運がないなら……つかみ取るの。自分で努力して私との賭けに勝って。」
逃げ場ははい。
私にも健吾さんにも。
真剣な顔で悩んでいた彼の顔は、何か糸が切れたように笑顔になった。
「……ははっ……やられた。マネージャーってわりとやり手?」