dream
地下の赤き華
“地下都市”
そう呼ばれる街がある。
表に存在している都市のある一角、角を曲がると地下へ下りるかのように続く階段。下ると響き渡る活気溢れる人々の声。
様々な色の煉瓦と土で作られた場所は、アリの巣のように入り組んだ造りになっている。そこで商売をしながら住んでいる民達がいた。民は皆、表の世界と一線を置き、自力で生活をしていた。
バタバタバタバタッ
頭にターバン、肩とお腹が露出した格好で逃げ回る女の子。
『(もう嫌‼︎こんなところで終わる人生なんて…‼)』
行く宛てもなく、ただひたすら道を選択しながら進んで行く。上下する階段。左右どちらにするか道の選択。体力の限界を感じながらも“追っ手に捕まる”その恐怖を糧に走り続け
ドンッ
『いった…』
何か硬いものにぶつかったと同時に倒れるところを抱き支えられた。
「大丈夫ですか?」
やや低めのハスキーボイスに声をかけられ、上を見上げる。
『(白髪︎なんてキレイな男の人。)…す、すみません!︎私、急いでて!』
「へぇ、こんなキレイな女の子に急ぎの用事ね…見た所、何処ぞの売春宿から逃げてきた…って感じに見えるけど…?」
何もかもわかっているかのようにニタリと笑う彼は、彼女にとって恐怖の塊でしかなかった。
『(見透かされてる…どうしよう…)…あ、あの…』
「ん?」
『わ、私をあいつらに引き渡すんですか?…お金と引き換えに…』
自分の行く末を見極めたかのように、どんどん声が細くなりながらも彼に尋ねる。
「…引き渡すっつっても持ち主はあいつらだからな…金と引き換えにっていうのは良い案かもな!」
『なっ!︎』
彼女は彼の言葉に怒りを感じた。
「なんか言いたげな顔だな。」
『当たり前です!…私はしたくてこんな事してるんじゃない…もうこんな事しなくないから逃げてきたのに!あなたに私の気持ちなんて分からないわ!︎物のように扱われ、売られる人間の気持ちなんて!」
先ほどの声とは裏腹に、今度ははっきりと答えていた。
「お前、しゅんとしたり怒ったり…面白いな。よく見ると可愛い…かもしんねぇしな。」
『人を馬鹿にするのも良い加減にしなさいよ!白髪野郎!︎』
「おっと、そんなに大声だしていいのかな…?」
「おい!︎こっちから声が聞こえるぞ!︎」
遠くに追っ手の声が聞こえる。
『どうしよう…早く逃げなきゃ!』
先を急ごうとすると、急に腕を掴まれる。
『きゃっ…!何するの?』
「俺が助けてやるよ。お前、面白いし。」
こんな事は朝飯前だというかの如く、笑みを浮かべたかと思うと、彼に連れて行かれるがまま、走り回る。
「こっち。」
急に止まったかと思うと外からは死角で見えない角に追い込まれ、彼女の両側を彼の両腕が遮る。
「じっとしてろ。」
囁く彼にドキドキしながらもその場を動かず、じっとしている。
追っ手の声が段々遠のき、聞こえなくなった。
「行ったな。」
そういった後も彼は、私を壁との間に挟み込んだままだった。
『ありがとう。もう行ったみたいだし、離してもらえる?』
「やだね。こんなキレイな髪、見た事ねぇや。助けてやったんだし、少しぐらいいいだろ?」
『…まぁ、いいけど…ところであなた、名前は?』
「白髪野郎。」
私の髪をいじりながらそう答える。
『さっきのまだ根に持ってるの?…ごめんなさい。でも、あなたがあんな言い方するから…悪いのよ…』
「謝ってんのか反省してねぇのか、わかんねぇな。」
そういうと私の視界は彼で埋め尽くされた。
『ん…︎?』
唇が重なりリップ音をたて、離れる。
『ちょっと何するのよ!私は名前を…!』
「セナ。」
『セナね…って急に何すんのよ!』
「うっせーな。恩人なんだぜ?俺は。」
『うっ…それは…感謝してるけど…もういいわ。私は、ルナシア。私、行くわね。』
「行き先もないのにどこに行くんだよ。」
『分からない。でも、あいつらに捕まらない所。』
「ふーん。ちょっとついてこいよ。」
そういうとセナは私の腕を掴み、ズカズカと歩き出した。
『ちょ、ちょっと待って。どこ行くの?』
「ん〜、お前にとって良い所。」
またニヤリと笑うと彼はそれ以上何も言わなかった。
階段を上下しながら、くねくねと地下通路を歩いていくと、
日差しの入る家に着いた。
「入って。」
『えっ?』
恐る恐るドアを開ける。
開けた瞬間感じるのは、コーヒーの香ばしい匂い。時計の音。暖かな一筋の日差し。なんだかさっきまで自分が逃げていたのが、嘘みたいにゆったりとした時間が流れていた。
『ここは?』
「俺の隠れ家。ここならバレねぇだろ。」
『え?なんで?』
「なんでもなにもここに住めよ。お前、面白いし。面倒見てやるよ。」
『面倒って…そんな…』
「ま、もらうもんももらったしな。」
指で唇を触りながら、笑った。ルナシアは思わず赤面してしまう。
『…あ、あげたんじゃないわ。奪ったんじゃない…』
「とりあえず、その格好じゃうろうろできねぇな…。出かけるぞ。」
『出かけるってどこへ?』
「仕立て屋のばばぁの店だよ。」
そういうと彼は家をでて、するすると進んで行く。
「着いた。」
カランカラン
「おい。ばばぁいるか?」
「おい、てめぇ。誰に向かって言ってんだ!︎クソガキ!」
「いるじゃねぇか。こいつの服、どうにかしてやってくれ。」
「ほぅ。お前が女の子を連れてくるなんざ、嵐の前触れかね。」
「そんなんじゃねぇよ。」
バンダナをはめた艶やかな女性とセナが言い争っている。
『あ、あの…』
「すまないね。私の名は、テーハ。テーハで構わないよ。それにしても可愛い嬢ちゃんだね。どっかの踊り子さんかい?」
『いえ…』
「色々と事情がありそうだね。いいんだよ、無理に話さなくてもさ。みんな色んな問題抱えながら生きてるんだからね。ま、姉さんとでも思ってなんでも相談しな。口は固いほうだからね。」
『あ、ありがとうございます。』
「あんたに似合う服なら、こんなのかね。」
上は濃い桃色の胸元の開いたワンピース、腰には白に透け感のある柔らかな帯を巻き、下は白のパンツ。袖の部分がひらひらと舞い、爽やかで優しさ溢れる女性らしさを際立たせる。
『とっても、綺麗!テーハ、ありがとう!』
「馬子にも衣装。」
「セナ?︎あんた、女の子に何てこと言うんだい!︎」
ゴンッ
「いっ…」
「可愛いの一言でも行ったらどうだい?」
「…まぁ…似合ってんじゃねぇの…」
目を合わすこともなく、俯き加減で呟いた。
でも、耳が真っ赤になっている彼に気づいていたのは、私だけの秘密。
『ありがとう。テーハ、この服とても動きやすいわ!︎まるで、鳥にでもなったみたい。でも、これ高いでしょ…?』
「金なんていいんだよ。セナのつけにしとくからさ。今は何も考えず楽しみな。」
『ありがとう!︎』
さっきとは打って変わり、向日葵のように輝かしい笑顔でお礼を伝える。
「本当、あんた可愛いね〜!︎姉さんに何でも話すんだよ。」
そういうとテーハはルナシアを力一杯抱きしめた。
柔らかく丸みを帯びた胸が顔に当たる。
「おい。ルナシアが窒息死するぞ。」
「あっ、悪いね。ついつい可愛くてさ。…ルナシア。」
「はい?」
「フーラの街へようこそ。」
「フーラ?」
「そうさ、ここ一帯はフーラの街。地下都市でも太陽に愛される街さ。一年中、様々な花が咲くんだよ。」
『この地下都市に街があるの?』
「もちろん。各々の特徴を活かした街がこの都市にはたくさんあるんだよ。」
『知らなかった。』
「ルナは地下都市で育ったんじゃないのかい?」
『違うわ。私は表の世界から来たの。…連れてこられたの。』
「また、なんでそんな事に?」
『分からないわ。街へ出かけた時、急に視界が暗くなったの。気がついた時には、娼館に売り飛ばされていたのよ。』
「そうだったのかい。ひどい事をされたね…」
『えぇ。でも、今は何がどうなっているのか、現実さえも受け入れがたいわ。』
「じゃあ、お前男の相手をした事は…」
『無いわ!︎ちなみにキスもね。』
嫌味ったらしくセナに言ってやった。
「セナ!お前って奴は!︎傷をつけた責任は重いんだよ?」
「へいへい。」
「分かってんのかね、あんたは…。」
「うっせーな。分かってるよ。こいつはちゃんと俺が面倒見るし。それでいいだろ?」
「だってよ、ルナシア。いっぱい貢いでもらいな。」
テーハはそういうとにかっと笑った。
一瞬の出来事。刻々と時間が過ぎ、刻々と時間がやってくる。
何が起こるかわからないから楽しめるのよ、人生は。
『セナ!これからもよろしくね!』
「お、おぅ…」
彼らの旅はまだまだ始まったばかり。
地下の赤き華/終