今ならやり直せる
会社で居づらくなったが、すぐに辞めれば更に迷惑を掛けることになる。

大木部長には会議室で聞いてしまった話をしたが「気にするな」と言っただけで、人ごとのような反応で本当に自分の事が好きなのか疑問だった。

それに、漠然とではあるが一生に一度は結婚式というものを経験してみたかったし、何よりもウエディングドレスも着たいと考えていたが、大木部長には

「出産して落ち着いてからで良いだろう」と一蹴された。


会社を退職する日、同じ部署の仲間から、花束とお祝いの品を渡された。

目一杯の笑顔でお礼を言ったが、心の中は「軽蔑しているくせに」と荒んでしまう。

男は結婚しても、妊娠しても何も生活が変わらないので、本当に羨ましい。

いつも犠牲になるのは女性で、仕事にも影響する。
変わりがいくらでもいる事務職なので、大きな声では言えないが辞めなければならないのは、少し納得がいかなかった。

でも、こんな状態でいれないわけで、選択肢はなかったと諦めた。

夫は、四十歳の時に家を購入しており、新居は有無も言わさずそこに決定となる。

友人達からは「結婚して、いきなり一戸建てがあるなんて羨ましい」とさんざん言われたが、華にとっては、余計なものだった。

結婚生活に関しては、憧れがあったし、特に新居は二人で相談して決めたかった。
家を初めて見に行ったとき、とても憂鬱な気分になったのを覚えている。

何の特徴もない、古い建て売り住宅のようなデザインで、おしゃれさは一つもなかった。内装もオーソドックスで、特徴がないというのが特徴だった。

でも、まさか売って新しい家を買ってとも言えず、渋々暮らすことにしたのだ。

夫は仕事に行き、一人でこの家にいると気分が滅入る。

仕事もなくなり、身体もつわりで自由にならず、住みたくない家に閉じこめられて、この先を思うと目眩がする。
妊娠四ヶ月が間近に迫ったある日、急激に腹痛がして、近所の病院へ駆け込んだ。

流産だった。

会社を退職して、二週間、結婚してから二週間の出来事だった。

こんなことなら、結婚するんじゃなかった、仕事を辞めるんじゃなかったと後悔したが、後戻りできるわけではなく、それが更に自身を苦しめた。

これを払拭しようと、華は夫に提案した。

結婚式と新婚旅行だ。

これで区切りをつければ、妊娠して仕方なく結婚したのではなく、少しは新婚気分も味わえて、仕切り直しが出来るような気がしたからだ。

その夜、夫に話してみる。

「ねぇ、結婚式なんだけど、海外で新婚旅行に行ったついでに二人で挙げない?」
夫は苦虫を潰したような顔をして

「今更、もういいだろう」と言い放った。

ここで離婚すれば良かったと今でも後悔している。

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