今ならやり直せる
翌日、お昼休みに東京プレジデントホテルへ向かう。

いつも従業員出入り口から入るが、今日は名札を外して、正面玄関から入る。

都内でも有名な一流ホテルのため、少し緊張し、豪華なロビーに圧倒されながらも「国際花展こちら」という案内看板に従い歩いていく。

入口を見つけて、中に入ろうとすると肩を叩かれたので振り向くと、この間の従業員が立っていた。

「大木さん、見に来られたのですか?」

「あ、はい」

初めて見たが、名札には「柴田(シバタ)」と書いてある。

「お一人だったら、僕が案内しますよ」と言ってくれたが、仕事中だろうし遠慮して

「一人で大丈夫です」と言うと

「冷たいなぁ。この間もランチに誘ったのに、連絡先も教えてくれないですし」

すっかり忘れていた。本気でランチに誘っているなんて思っていなかったし、また会うとも思っていなかった。

「でも……」と困っていると

「さ、行きましょう。無料でガイドがつくのですよ。損はさせません」と茶目っ気たっぷりに言うので笑ってしまった。

会場の中は、花の匂いで充満しており、それだけで幸せな気分になる。

陳列された花は、見たこと無いものもあり、珍種とされている花も並んでいて、非常に興味深い。

柴田さんは、それぞれの花の前に置かれた説明書きよりも、詳しく教えてくれる。

華は熱心に説明に聞き入り、スマホで写真を撮りながら、一緒に会場内を回っていく。

これだけ詳細な説明が出来るのは、この展示会の為に勉強した知識だろう。男性で花に詳しい人はあまりいないし、仕事だから出来ることだろう。

さすが一流ホテルのスタッフだと感心している間に、最後の展示物の前まで来てしまった。

「本当にありがとうございました。本当に楽しかったですし、説明も素晴らしかったです」とお礼を言うと

「じゃあ、お返しはランチね」とスマホを取り出す。

「はい、連絡先、交換ね」

流石に断り切れずに連絡先を交換し、会場を出る。

「じゃあ、大木さん、連絡しますね。それと、この展示会のチケット持っています?」

確か昨日、社員さんから貰った物だ。受付など設置されておらず、自由に出入りが出来るので、すっかり忘れていたのだ。

「持っています」と言ってポケットから取り出すと

サッとチケットを奪い取り

「抽選箱に入れておきますね」と笑う。

少年のような笑顔にこちらも、つられて笑顔になる。

「僕の名前は柴田剛(シバタツヨシ)です」と握手を求めてくる。

華も手を出して

「大木華(オオキハナ)です」と言うと

「華さん!?漢字は?」と言われ

「草冠の、豪華の華(カ)で……」と全て言う前に

「凄い。花が好きな人が華さんなんて。素敵ですね」とやたら感激している。

母が花を好きなことも一つの要因だけど、実はもっと単純な理由もある。でも説明するのも面倒だしと

「あ、まあ」と返答に困っていると

「また好きなハナが、一つ増えたな」というのが聞こえて華は赤面し

「じゃあ、また」と足早に立ち去った。


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