今ならやり直せる
「また好きなハナが、一つ増えたな」と言う言葉が、脳内でリフレインしている。
きっと、からかっているのだ。一流ホテルの従業員なのだから、お世辞や喜ばせる言葉なんて、いくらでも出てくるだろう。
それに、あの外見で、もてないはずはない。初めて近くで観察したけど、身長は高いし、ハリのある肌に、主張しすぎない顔のパーツ、派手な顔ではないけど、整っていて上品な顔つきだ。
なんといっても、あの物腰で接してくると女性は弱いと思う。
優しい口調で、ゆっくり丁寧に話し、言葉遣いも綺麗だ。いや、それはホテルのスタッフだから当然と言えば当然で、そんなことで舞い上がってはいけない。
結婚してから長年、異性と接することもなく免疫が出来ていないので、ポーッとしてしまうのだ。しっかりしなくては。
社内に帰ると社員さんが声をかけてくれる。
「どうでした?国際花展?」
「凄く良かったです。珍しい花もありましたし、充実した時間を過ごせました」と正直な感想を述べる。
「それは良かった。本当に大木さんは花が好きですね。もう花屋さんでもやっちゃえばいいのに」と言われて
本当にそれが出来れば最高だろうと思いを巡らせながら
「今で充分です」と答えた。
花屋さんはやりたいけど、今の生活には満足していた。家庭生活はとっくに諦めているので、その部分は自分の中から消去している。それ以外の部分では楽しみも増えたし、やりがいや充実感を得られており、結婚してからの数年間を思い出すと、今、どけだけ幸せかが実感できる。
次の日、午前中に携帯に連絡が入る。メッセージを見ると、昨日のホテルの従業員柴田さんからだった。
「本日、都合が良ければ、十二時にホテルの横にある銅像の前で待っています」とある。
なぜあるのかはわからないが、ホテルの横にブロンズであろう茶色のモニュメントのような、人の形をしているオ
ブジェが飾られている。きっとあのことだろう。
断る理由もないし、昨日のお礼も兼ねて
「わかりました」と返信しておく。
柴田さんの顔を思い出して、少しドキドキする。
きっと、同い年位かな。
結婚してから、テレビや雑誌を見ていて、同い年のタレントさんを見ると、もし私も同級生と結婚していたら、こんなに若い人と暮らせたのにと悔しくなった。
寄りによって、なぜおじさんと結婚してしまったのだろう。
いや、それは予想外に妊娠したからであって、あのまま付き合っていたら、数ヶ月で確実に別れていた。
きっと、寡黙と感じていたのが暗いに変わり、静かと感じていたのが、ただの口下手と印象は変わっていき、別れていただろう。
あっちだって、私でなくても良かったはずだ。
結婚して驚いたのは、一番初めに、年老いた義母の世話を頼まれたことだった。
結婚すれば親の面倒を見るのは当然だし、覚悟は出来ていたが、何も婚姻届を出しに行ったその日に
「定期的に会いに行ってくれ」と言われたのには閉口した。
それも、この一軒家から十分足らずの所にある施設に入所させており、あとは“面倒を見る人”を待っていたかのような用意周到振りに寒気がした。
ただ、救いはこの義母はとてもいい人で、私のことをいつも気遣ってくれた。
これで、辛く当たられていたら、流産した時点で離婚していただろう。
流石に夫は高収入なので、義母のいた施設は入会金も高く、その分、設備は整っており、二十四時間看護してくれるシステムで、内装も病院っぽくなくて高級マンションのような造りで、入居者も暗い気分にはならないだろうと思える建物だった。
夫は、殆ど母親に会いに行くことはなく、私が平日に通い、義母とおしゃべりしたり、近所の公園に出掛けたりしていた。
その度
「華さん、若いのにごめんね」「あの子は無愛想だから大変ね。ごめんなさいね」と申し訳なさそうに話していた。
義母は、病に倒れることなく、老衰で私が結婚して三年程で亡くなってしまった。
義父は、とっくに亡くなっており、夫は一人っ子の為、実家の家を相続した。
夫の実家は東京の郊外にあり、義母が亡くなってから一度荷物整理に行ったが、通勤圏から外れており、人に貸すことも出来ずそのまま放置してある。
もう少し近ければ、夫の実家に引っ越ししたかったのだ。
建物はレトロな雰囲気で、昔ながらの縁側もあり、庭には義母が育てた草木がたくさん並べられており心が落ち着いた。
家自体は古いが、その都度補修されており、とても大切に守られているとわかる素敵な家だった。
郊外で周りは緑も多く騒音もなく、こちらの方が華の趣味に近かった。
今の家は、横も後ろも家だらけで、窓を開けていると騒音で落ち着かないし庭もない。ただ、夫は義母を近くの施設に入れたので、近くの建て売りを安く購入しただけだ。
義母が亡くなってから、あの草木たちは面倒を見ないと、枯らせてしまうとわかっていたが、通うには距離がありすぎて、鉢植えをいくつか家に持って帰ってきたが、全て持ち帰ることは出来なかった。
「ごめんね」と庭にしゃがんで、謝ったことを思い出す。
きっと、からかっているのだ。一流ホテルの従業員なのだから、お世辞や喜ばせる言葉なんて、いくらでも出てくるだろう。
それに、あの外見で、もてないはずはない。初めて近くで観察したけど、身長は高いし、ハリのある肌に、主張しすぎない顔のパーツ、派手な顔ではないけど、整っていて上品な顔つきだ。
なんといっても、あの物腰で接してくると女性は弱いと思う。
優しい口調で、ゆっくり丁寧に話し、言葉遣いも綺麗だ。いや、それはホテルのスタッフだから当然と言えば当然で、そんなことで舞い上がってはいけない。
結婚してから長年、異性と接することもなく免疫が出来ていないので、ポーッとしてしまうのだ。しっかりしなくては。
社内に帰ると社員さんが声をかけてくれる。
「どうでした?国際花展?」
「凄く良かったです。珍しい花もありましたし、充実した時間を過ごせました」と正直な感想を述べる。
「それは良かった。本当に大木さんは花が好きですね。もう花屋さんでもやっちゃえばいいのに」と言われて
本当にそれが出来れば最高だろうと思いを巡らせながら
「今で充分です」と答えた。
花屋さんはやりたいけど、今の生活には満足していた。家庭生活はとっくに諦めているので、その部分は自分の中から消去している。それ以外の部分では楽しみも増えたし、やりがいや充実感を得られており、結婚してからの数年間を思い出すと、今、どけだけ幸せかが実感できる。
次の日、午前中に携帯に連絡が入る。メッセージを見ると、昨日のホテルの従業員柴田さんからだった。
「本日、都合が良ければ、十二時にホテルの横にある銅像の前で待っています」とある。
なぜあるのかはわからないが、ホテルの横にブロンズであろう茶色のモニュメントのような、人の形をしているオ
ブジェが飾られている。きっとあのことだろう。
断る理由もないし、昨日のお礼も兼ねて
「わかりました」と返信しておく。
柴田さんの顔を思い出して、少しドキドキする。
きっと、同い年位かな。
結婚してから、テレビや雑誌を見ていて、同い年のタレントさんを見ると、もし私も同級生と結婚していたら、こんなに若い人と暮らせたのにと悔しくなった。
寄りによって、なぜおじさんと結婚してしまったのだろう。
いや、それは予想外に妊娠したからであって、あのまま付き合っていたら、数ヶ月で確実に別れていた。
きっと、寡黙と感じていたのが暗いに変わり、静かと感じていたのが、ただの口下手と印象は変わっていき、別れていただろう。
あっちだって、私でなくても良かったはずだ。
結婚して驚いたのは、一番初めに、年老いた義母の世話を頼まれたことだった。
結婚すれば親の面倒を見るのは当然だし、覚悟は出来ていたが、何も婚姻届を出しに行ったその日に
「定期的に会いに行ってくれ」と言われたのには閉口した。
それも、この一軒家から十分足らずの所にある施設に入所させており、あとは“面倒を見る人”を待っていたかのような用意周到振りに寒気がした。
ただ、救いはこの義母はとてもいい人で、私のことをいつも気遣ってくれた。
これで、辛く当たられていたら、流産した時点で離婚していただろう。
流石に夫は高収入なので、義母のいた施設は入会金も高く、その分、設備は整っており、二十四時間看護してくれるシステムで、内装も病院っぽくなくて高級マンションのような造りで、入居者も暗い気分にはならないだろうと思える建物だった。
夫は、殆ど母親に会いに行くことはなく、私が平日に通い、義母とおしゃべりしたり、近所の公園に出掛けたりしていた。
その度
「華さん、若いのにごめんね」「あの子は無愛想だから大変ね。ごめんなさいね」と申し訳なさそうに話していた。
義母は、病に倒れることなく、老衰で私が結婚して三年程で亡くなってしまった。
義父は、とっくに亡くなっており、夫は一人っ子の為、実家の家を相続した。
夫の実家は東京の郊外にあり、義母が亡くなってから一度荷物整理に行ったが、通勤圏から外れており、人に貸すことも出来ずそのまま放置してある。
もう少し近ければ、夫の実家に引っ越ししたかったのだ。
建物はレトロな雰囲気で、昔ながらの縁側もあり、庭には義母が育てた草木がたくさん並べられており心が落ち着いた。
家自体は古いが、その都度補修されており、とても大切に守られているとわかる素敵な家だった。
郊外で周りは緑も多く騒音もなく、こちらの方が華の趣味に近かった。
今の家は、横も後ろも家だらけで、窓を開けていると騒音で落ち着かないし庭もない。ただ、夫は義母を近くの施設に入れたので、近くの建て売りを安く購入しただけだ。
義母が亡くなってから、あの草木たちは面倒を見ないと、枯らせてしまうとわかっていたが、通うには距離がありすぎて、鉢植えをいくつか家に持って帰ってきたが、全て持ち帰ることは出来なかった。
「ごめんね」と庭にしゃがんで、謝ったことを思い出す。