今ならやり直せる
ゴールドクレストを眺めながら、柴田さんの笑顔を思い出す。

久し振りに高まる鼓動、笑い会える楽しい会話、共通の趣味、結婚する前に知り合いたかった。

そこに受信音が鳴る。

「さっきは突然帰ってすみませでした。今週末、植物園に行きましょう!最寄り駅を教えてください。迎えに行きます!!」

行きませんかではなく、行きましょうと言い切っている。

少し迷ったが、最寄り駅の名前を送信し、先に帰ったことは気にしないでくださいとの旨を付け加えた。

すぐに返事が帰ってきて

「じゃあ、十時に駅前で待っています」とだけあった。

土曜日は、夫はゴルフや釣りに行くことが多く殆ど居なかった。
誰と行っているのか、どこへ行っているのか知らないし、興味もない。

ただ、家に居ない方がゆっくり出来るし都合が良いので、咎めることは一度もなかった。

結婚以来、外食以外、どこかへ出掛けた記憶はない。

結局、新婚旅行も行かないままで、結婚指輪さえ貰っていない。

季節の良いときは、公園や山に咲く花を見に行きたいと思ったが、あの人といっても、会話もないし、その前に花には興味がないので楽しくないだろうと誘わなかった。

夫が出掛けている間に近くの公園や河原を散策し、季節の花を見つけるのが至福の時間で、都内の植物園にも良く通った。

帰りの電車の中で「週末は、柴田君とデートか」と考える。デートなんて久し振りだ。この高揚する気持ちを味わえるだけで温かい物が込み上げる。

そして誓う。必ず言おう。既婚者であることを。


家に戻り食事の準備をしていても、柴田君と過ごした時間を思い出すだけで、いつもの作業も楽しくなるから不思議だ。

週末はどんな洋服を着ていこうか、クローゼットの中身を頭に思い浮かべて、コーディネイトする。

意識をせず自然に鼻歌を歌っている自分に驚きながら、煮物の火加減を調整する。

夫が玄関扉を開ける音がする。

無表情で、無言の帰宅。

今までは、それを見る度、嫌な気持ちになっていたが、今日は、そんな感情が消えている。

よく“幸せは心の中にある”と言われるように、自分が幸せと感じていれば、同じ出来事が起こっても捉え方が違うのだ。

ちらりと夫の顔を見たが、やはり年齢は隠せない。

柴田さんは二十八歳、夫は四十八歳。

もし夫が二十歳の時に出来た子供ならば、息子と言っても過言ではない。

余計にくたびれたおじさんに見えて、溜息が出る。

それに、時々リビングでテレビを見ていても、おじさん趣味の番組ばかりで一緒に見る気にもなれなかった。

料理も、一度朝食にシリアルを出したら、怪訝な顔をして食べなかったし、パンケーキも残してあった。

テレビに出ている芸能人は、四十八歳でも若々しいし、話題も豊富だ。でも一般人なんて、こんなものだ。

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