今ならやり直せる
ホテルの正面玄関から若葉が戻ってくる。

何か不機嫌そうだが、その事には触れない方が良さそうだ。

その不機嫌な若葉がまっすぐこっちに向かってくる。

「おかえり」と機嫌を直すために言ったが、すっかり一蹴され

「こっち来て」と腕を引っ張られる。

「おい、仕事中だぞ」と言っても、引っ張る力は変えない。

人気の無いところまで来ると、くるりと振り返り

「あの女、やめておいた方がいいよ」と真剣な眼差しで剛を見る。

「若葉、どうして? ひょっとして、ご飯食べた後、探しに行ったのか?」と問うと

怒りながら

「いくらなんでも、そんな暇じゃないわよ。生理になったからナプキン買いにドラッグストアに行っただけだよ。そんな所まで、つーちゃんに付き合って貰おうとは思わないよ。ドラッグストアに行くのに近道だから、公園の中を横切ったら、あの女がたまたま居ただけだし」

確かに一番近いドラッグストアは、公園を横切るのが近道で、自分もよく利用する店だ。

そんなことより、本題に入る。

「それで、華ちゃんに何を言ったんだ」

若葉は視線を外さず

「あの女、結婚しているのは、知っているの?」

「え!?」思わず声が出る。

静かな低い声で

「つーちゃん、知らなかったの? マジ、最悪。ということで、やめておいた方がいいよ」

若葉はエレベーターに乗り、部屋へ戻っていった。

その場で座り込む。

「……結婚?」

そういえば、聞いてないと言えば聞いていない。

数年前までは、馬鹿みたいに女遊びもしていたが、それ以降、遊びや恋愛を封印して、仕事だけをしてきた。

そうか、それ位の年齢では、結婚していないのが普通で、相手に聞くこともなかったが、俺も築いたら二十八歳だ。結婚していてもおかしくない。

でも、デートに誘った時点でどうして結婚していることを話してくれなかったのだろうか。

草花が好きだから、軽い気持ちで植物園を見に行こう思って来てくれたのだろうか。

少し落ち着こう。俺にとっては大切なことだ。

仕事場に戻り、平常心を取り戻すために、業務に励む。

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