今ならやり直せる
それぞれの道
一人の女性について、これだけ考えたのは人生で初めてだ。
華ちゃんが結婚していると知って、一週間が経とうとしていた。
一旦、冷静になり心のまま正直に自分に問いかけた。
それで、出した答えは、とにかくこのままでは終わらせてはいけないと。会って話をすることにしたのだ。
結婚していようが、華ちゃんなりに、何か事情が有るのかも知れない。勝手な想像だけで、この気持ちを終わらせることは出来ない。
携帯でメールを打つ。きっと仕事中だ。
送信ボタンを押したが、すぐに返事が返ってくることはないと思いポケットにしまい込んで仕事に戻る。
若葉は、両親と共に海外へと帰っていった。
いつものように
「じゃまたね、つーちゃん」と笑顔で別れて、華ちゃんの話は一切しなかった。
若葉は、言いたいことを言うと鎮火する性格で、吐き出してしまうとケロッとしてしまうのだ。
仕事に没頭しているとお尻でバイブを感じて「華ちゃんからだ」と直感し、事務所に駆け込む。
返信を見ると
「わかりました」とあった。
剛君の婚約者と言っていた女性に出会ってから、一週間が過ぎた。
この一週間、謝ろうと思う気持ちと、剛君に見せる顔がないという気持ちが順番交代にやって来て、悶々としていた。
そんな時、剛君から連絡が入った。
きちんと話がしたいから会おうという内容だった。
わかりましたと返すのが精一杯だった。
自分の気持ちは、この一週間ではっきりしている。剛君のことは好きだが、夫と離婚してまで飛び込む勇気はな
い。全てを捨てられるか、何度も自分に問い、出した結論だった。
夫のことを愛しているわけではないが、いくら妊娠したからと言っても、一度結婚した相手だ。それは自分が決めたことだ。好きな人が出来たからという理由で、夫に離婚を申し出るなんて、余りにも自分勝手だ。
剛君の前では正直でいたい。本当の気持ちをきちんと伝えよう。最後なのだから。
仕事が終わってから前に剛君とランチを食べに行った、草木が溢れるカフェで待ち合わせた。
これでお別れなのに、会うと思うだけでドキドキする。緊張と嬉しさで胸が張り裂けそうだ。
少し遅れて剛君が店内に入ってくるのが見えた。
怒っているのかと思っていたが、いつもの笑顔でテーブルの前に座る。
「ごめんね。呼び出して」
剛君に会ったら、一番に謝ろうと思っていたのに、先を越され慌てながら
「こちらこそ、すみませんでした。私、結婚しています。黙っているつもりはありませんでしたが、ありまにも剛君といるのが楽しすぎて、言いそびれてしまって」
「ううん。それより、若葉、あいつ、きついこと言ったんじゃない? あいつ、幼なじみでさ、口は悪いんだけど性根は悪くないんだよ。それに、俺の恋人とか言ったんじゃない? それ、嘘だからさ」
そういえば、婚約者と言っていたけど、そのことよりも、自分が既婚者だということがわかってしまい、剛君に相
手が居ても、それを責める気は全くなかった。自分に負い目があったからだ。
店員がオーダーを取りに来て、会話の間が空く。
「ストレートに聞くね」剛君の視線が痛い。
「俺のこと、少しでも好きになってくれた?」
「好きになったから言えなくなったの。騙すつもりはなかったの。本当よ」
剛君は頷いている。
「華ちゃん、結婚していると、そりゃ色々有ると思うよ。独身の俺が言うのも何だけどさ。独身じゃなくても、人はそれぞれ何かを抱えて生きていると思う。だから、それを詮索したりする気はないんだ。正直に話すね。俺、華ちゃんの事、好きだよ。運命の人だと思ったくらいね。でもね、まだ出会って間もないからね。この気持ちを温めて、確かめて、お互いが同じ気持ちになって、自然に愛し合えたらって思っていた。だから、彼氏や旦那さんがいても、奪い取ってやるっていう気持ちとは違う気がするんだ」
“運命の人”と言われてドキリとする。自分に向けて、この言葉を使ってくれた人はいない。
剛君は続ける。
「きっと、こうなった原因はどれかだと思うんだ。まず一つは、華ちゃんが結婚生活に何らかの不満を抱いているということ。それか、結婚生活以外に何か問題があるということ。それか、単なる気の迷い」
なぜか優しい笑顔をしている。
「もし、華ちゃんが結婚生活に不満を抱いているならば、それは僕が口を出す事じゃない。旦那さんに、ちゃんと話すべきだよ。話し合えば人間なんだから分かり合えるよ。それか解決の糸口が見つかる。それに、意外と不満って自分の中にあるもので相手に対して不満だと思っていたことも、よくよく考えたら自分の不満を相手にぶつけていることも多い。あ、ごめん。なんか俺、説教っぽくなって」
照れながら笑う剛君に向かって
「そんなことないよ。続けて」と言う。
「それと、結婚生活以外に不満がある場合ね。これはいくらでも相談にのるよ。もちろん、暴力とか経済的な事とか、パワハラとか。そういう気持ち的な問題じゃないものね。
こう見えても、法律には少し詳しいからね。それと、最後は単なる気の迷いね。これは仕方ないことだよ。男であっても女であっても、そんな気になることはいくらだってある。でも、華ちゃん見ていたら、これは絶対に違うと思っているんだけど」
窓の外は、暗くなりはじめている。
言葉を選びながら華は口を開く。
「剛君の言うとおり、結婚生活に不満はあるの。でも、今剛君が言っていることを聞いていたら、自分の中にある不満なのかも知れない。ちゃんと相手と話さなきゃいけないね」
これを言うのが精一杯だった。
明るい声で剛君が言う。
「ほら、華ちゃん、そんな顔しないで。責めてないからさ。職場も近いんだし、また、ランチでも行こうよ」
ポンと肩を叩かれ、席を立つ。
「俺、まだ仕事が残っているから、ここでね」
満面の笑顔で手を振り、歩いていった。
どこかで、強引に剛君が自分を奪ってくれたら、ついて行こうと考えていた。そしてそんな考えをしていた自分を恥じた。
いつも、人任せで流されて生きている。それでうまくいかなくなると、それをその人のせいにしてきた。
夫のことだってそうだ。
夫が誘ったから、妊娠させたから、家を勝手に買っていたから、相手が話しをしないから。
剛君が言っていた“不満って自分の中にあるもので、相手に対して不満だと思っていたことも、よくよく考えたら自分の不満を相手にぶつけていることも多い。”はまさに自分のことだ。
夫と寝たのは自分、結婚を決めたのも自分、話そうとしないのも自分、例え、相手に不満があったとしても、解決しようとしないで勝手に腹を立てているのも自分だ。
剛君は、家庭を壊してまで私を奪うわけがない。そんな私が誰とこの先暮らしたって、また相手に不満を抱いて不機嫌になり、同じ繰り返しが待っているだけだ。
剛君はそのことをわかっている。
この恋で大切なことを学んだ。そして、剛君と出会ったきっかけとなった仕事にも、感謝している。きちんと、夫と話し合ってみよう。
華ちゃんが結婚していると知って、一週間が経とうとしていた。
一旦、冷静になり心のまま正直に自分に問いかけた。
それで、出した答えは、とにかくこのままでは終わらせてはいけないと。会って話をすることにしたのだ。
結婚していようが、華ちゃんなりに、何か事情が有るのかも知れない。勝手な想像だけで、この気持ちを終わらせることは出来ない。
携帯でメールを打つ。きっと仕事中だ。
送信ボタンを押したが、すぐに返事が返ってくることはないと思いポケットにしまい込んで仕事に戻る。
若葉は、両親と共に海外へと帰っていった。
いつものように
「じゃまたね、つーちゃん」と笑顔で別れて、華ちゃんの話は一切しなかった。
若葉は、言いたいことを言うと鎮火する性格で、吐き出してしまうとケロッとしてしまうのだ。
仕事に没頭しているとお尻でバイブを感じて「華ちゃんからだ」と直感し、事務所に駆け込む。
返信を見ると
「わかりました」とあった。
剛君の婚約者と言っていた女性に出会ってから、一週間が過ぎた。
この一週間、謝ろうと思う気持ちと、剛君に見せる顔がないという気持ちが順番交代にやって来て、悶々としていた。
そんな時、剛君から連絡が入った。
きちんと話がしたいから会おうという内容だった。
わかりましたと返すのが精一杯だった。
自分の気持ちは、この一週間ではっきりしている。剛君のことは好きだが、夫と離婚してまで飛び込む勇気はな
い。全てを捨てられるか、何度も自分に問い、出した結論だった。
夫のことを愛しているわけではないが、いくら妊娠したからと言っても、一度結婚した相手だ。それは自分が決めたことだ。好きな人が出来たからという理由で、夫に離婚を申し出るなんて、余りにも自分勝手だ。
剛君の前では正直でいたい。本当の気持ちをきちんと伝えよう。最後なのだから。
仕事が終わってから前に剛君とランチを食べに行った、草木が溢れるカフェで待ち合わせた。
これでお別れなのに、会うと思うだけでドキドキする。緊張と嬉しさで胸が張り裂けそうだ。
少し遅れて剛君が店内に入ってくるのが見えた。
怒っているのかと思っていたが、いつもの笑顔でテーブルの前に座る。
「ごめんね。呼び出して」
剛君に会ったら、一番に謝ろうと思っていたのに、先を越され慌てながら
「こちらこそ、すみませんでした。私、結婚しています。黙っているつもりはありませんでしたが、ありまにも剛君といるのが楽しすぎて、言いそびれてしまって」
「ううん。それより、若葉、あいつ、きついこと言ったんじゃない? あいつ、幼なじみでさ、口は悪いんだけど性根は悪くないんだよ。それに、俺の恋人とか言ったんじゃない? それ、嘘だからさ」
そういえば、婚約者と言っていたけど、そのことよりも、自分が既婚者だということがわかってしまい、剛君に相
手が居ても、それを責める気は全くなかった。自分に負い目があったからだ。
店員がオーダーを取りに来て、会話の間が空く。
「ストレートに聞くね」剛君の視線が痛い。
「俺のこと、少しでも好きになってくれた?」
「好きになったから言えなくなったの。騙すつもりはなかったの。本当よ」
剛君は頷いている。
「華ちゃん、結婚していると、そりゃ色々有ると思うよ。独身の俺が言うのも何だけどさ。独身じゃなくても、人はそれぞれ何かを抱えて生きていると思う。だから、それを詮索したりする気はないんだ。正直に話すね。俺、華ちゃんの事、好きだよ。運命の人だと思ったくらいね。でもね、まだ出会って間もないからね。この気持ちを温めて、確かめて、お互いが同じ気持ちになって、自然に愛し合えたらって思っていた。だから、彼氏や旦那さんがいても、奪い取ってやるっていう気持ちとは違う気がするんだ」
“運命の人”と言われてドキリとする。自分に向けて、この言葉を使ってくれた人はいない。
剛君は続ける。
「きっと、こうなった原因はどれかだと思うんだ。まず一つは、華ちゃんが結婚生活に何らかの不満を抱いているということ。それか、結婚生活以外に何か問題があるということ。それか、単なる気の迷い」
なぜか優しい笑顔をしている。
「もし、華ちゃんが結婚生活に不満を抱いているならば、それは僕が口を出す事じゃない。旦那さんに、ちゃんと話すべきだよ。話し合えば人間なんだから分かり合えるよ。それか解決の糸口が見つかる。それに、意外と不満って自分の中にあるもので相手に対して不満だと思っていたことも、よくよく考えたら自分の不満を相手にぶつけていることも多い。あ、ごめん。なんか俺、説教っぽくなって」
照れながら笑う剛君に向かって
「そんなことないよ。続けて」と言う。
「それと、結婚生活以外に不満がある場合ね。これはいくらでも相談にのるよ。もちろん、暴力とか経済的な事とか、パワハラとか。そういう気持ち的な問題じゃないものね。
こう見えても、法律には少し詳しいからね。それと、最後は単なる気の迷いね。これは仕方ないことだよ。男であっても女であっても、そんな気になることはいくらだってある。でも、華ちゃん見ていたら、これは絶対に違うと思っているんだけど」
窓の外は、暗くなりはじめている。
言葉を選びながら華は口を開く。
「剛君の言うとおり、結婚生活に不満はあるの。でも、今剛君が言っていることを聞いていたら、自分の中にある不満なのかも知れない。ちゃんと相手と話さなきゃいけないね」
これを言うのが精一杯だった。
明るい声で剛君が言う。
「ほら、華ちゃん、そんな顔しないで。責めてないからさ。職場も近いんだし、また、ランチでも行こうよ」
ポンと肩を叩かれ、席を立つ。
「俺、まだ仕事が残っているから、ここでね」
満面の笑顔で手を振り、歩いていった。
どこかで、強引に剛君が自分を奪ってくれたら、ついて行こうと考えていた。そしてそんな考えをしていた自分を恥じた。
いつも、人任せで流されて生きている。それでうまくいかなくなると、それをその人のせいにしてきた。
夫のことだってそうだ。
夫が誘ったから、妊娠させたから、家を勝手に買っていたから、相手が話しをしないから。
剛君が言っていた“不満って自分の中にあるもので、相手に対して不満だと思っていたことも、よくよく考えたら自分の不満を相手にぶつけていることも多い。”はまさに自分のことだ。
夫と寝たのは自分、結婚を決めたのも自分、話そうとしないのも自分、例え、相手に不満があったとしても、解決しようとしないで勝手に腹を立てているのも自分だ。
剛君は、家庭を壊してまで私を奪うわけがない。そんな私が誰とこの先暮らしたって、また相手に不満を抱いて不機嫌になり、同じ繰り返しが待っているだけだ。
剛君はそのことをわかっている。
この恋で大切なことを学んだ。そして、剛君と出会ったきっかけとなった仕事にも、感謝している。きちんと、夫と話し合ってみよう。