今ならやり直せる
一人で暮らすことになれば自炊するのが面倒になると思っていたけど、意外にも楽しく自炊をしている。

気軽に外食に行こうと思っていたが毎日まっすぐ帰って夕食を作り、お昼のお弁当も持参している。

自分の力で生活すると節約をするようになって、少しでも安いスーパーに買い出しに行ったりするようになった。

今日は、近くのドラッグストアに寄ってみよう。広告が入っていたはずだ。

駅と反対側へと歩き出したとき、声を掛けられて振り向くと、剛君が立っていた。

「大木さん、今、三島さんだっけ?」

剛君が、離婚したことを知っている。その事実にうろたえて返事が出来ない。

「華ちゃん、驚かせてごめん。どうしても知りたくて。離婚したの?」

黙って頷いた。

「ねえ、時間ある? ご飯でも行かない?」

先程の深刻な口調から打って変わって、明るい声で言う。

少し迷ったが、きっと剛君は自分のせいで離婚したと思っているかもと考え、その誤解を解きたくて承諾した。

近くのカジュアルレストランに入る。

窓際の席に向かい合って座る。

メニューを広げて、二人は同じパスタを注文した。

「ひょっとして、離婚したの、俺のせい?」

「違う。本当に違うから安心して」

じっと疑いの目で見る剛君。

「本当だよ。逆に、剛君にちゃんと夫と話し合ってと助言されて感謝しているから」

「話し合ったら、離婚になったんじゃ。それなら俺のせいだよね」と悲しそうな顔をする。

「だから、本当に違うんだって」と言っても信じてくれそうにない。

黙っておこうと思ったが、仕方なく説明することにした。剛君が自分を責めるのは絶対に嫌だから。

その日に会った事を、剛君に包み隠さず話した。

夫から離婚を言い渡されたこと、自分と結婚する前から夫には女性がいたこと、その女性との間に子供がいること
など。

全て話し終えると

「まるで、ドラマだね」剛君が、少し安心したように見えて、自分もホッとする。

そして、自分は夫のことを全く恨んでいないし、むしろ感謝している事、こうなったのは、自分にも要因があった事なども話した。

剛君は、黙って話しを聞き、華が話す以上の事は決して聞かなかった。

そして、前に二人で言ったファームの話をしてくれる。

秋になって栗や柿が実っていること、オーナーのおばあちゃんが、それで栗ご飯を炊いてくれたこと、ファームに鹿が出たこと、何でもない話が嬉しかった。

食事を終えてコーヒーを追加したところで

「ねぇ、華ちゃん、またファームに行かない?」

優しい言葉に胸が熱くなり、堪えきれない涙が出る。

「え!! 華ちゃん! 泣かないで。俺が泣かせているみたいになるし。はい、これで拭いて」とおしぼりを渡そ
うとして

「あ、これ、俺が手を拭いたやつやし、汚い。えーと、これ」とポケットからハンカチを出す。

その独り言に、思わず華は笑ってしまう。

それを見て、

「ほら、華ちゃんは笑っていないと。もう終わったことは忘れてさ」

剛君を困らせてはいけない。華は前を向き

「ごめんね。泣くつもりはなかったんだけど、涙がでちゃって」と微笑んだ。

「よし。じゃあ、土曜日の朝の十時に迎えに行くね。新しい最寄りの駅はどこ?」

わざと“新しい”の所に力を入れて言うので、また笑ってしまう。

そんな剛君の性格に助けられる。まさか、また二人で出掛けられるなんて、信じられない。

店を出ると、少し肌寒い。

剛君は、華の前にまっすぐ立ち

「やり直しはいつでも出来る!!」と真顔で言った。

「そうだね。ありがとう。じゃあ、土曜日楽しみにしているね」と言って別れた。



やはり、華ちゃんは“運命の人”だったのだろうか。

半年ぶりに華ちゃんに会って、自分の気持ちが全く変わっていないことに気付いた。

この気持ちをゆっくりと育てていこう。苗木も肥料を与えて一気に成長させるよりも、自然に大きくした方が長持ちしたりする。

華ちゃんも、相当傷ついているだろうし、まずはその傷を癒やすのが先決だ。

誰だって失敗はある。その失敗で色んな事を学んで成長する。傷ついた人は、他人の痛みがわかる人になる。

前は、何か抱えているような顔つきだったが、今日の華ちゃんは清々しい顔をしていた。

大きな荷物を下ろして安堵している顔だ。

せっかく、荷物を下ろしたんだから、今は、横について歩くだけにしよう。何かを背負わせるのは、可愛そうだ。

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