今ならやり直せる
土曜日の朝、華は駅へ急ぐ。
色々準備していて、時計を見たらもう待ち合わせ時間ギリギリになっていた。
剛君の紺色の車がロータリーに停まっているのが見えた。
コンコンと助手席のガラスを叩く。
スマホをいじっていた剛君は顔を上げて
「おはよう」と言って手招きする。
扉を開けて華も
「おはよう」と返して助手席に乗り込んだ。
すぐさま、剛君は
「さ、前回盛り上がったCDかけますか!」と言ってスイッチを押す。
懐かしいメロディーが流れて、車は出発する。
高速道路を上がり都会の風景は消えて無くなり、紅葉が始まったばかりの山々が見えてくる。
「紅葉、綺麗だね」華は窓の外を見ながら話しかける。
「これから、もっと綺麗になるよ。真っ赤に染まるからね。また見に来ればいい」
“また”という言葉に、剛君との未来があるのだなと感じ、幸せを噛みしめる。
社会人になったころは、どこかに幸せがあると思っていた。
いい会社に入れば、いい人と結婚できれば、誰かが愛してくれれば幸せになると思っていた。
でも、今では、実際に幸せは心の中にあって、目に見える物ではなく、幸せは感じる物であり、自分の考え方一つで手に入れることが出来ると信じている。
途中で、前回と違うサービスエリアで少し休憩することになった。
「じゃあ、十分たったら、戻ってくるように。三島! 前回遅刻しているから集合時間に遅れないように」と冗談を言う。
そして、剛君は、お手洗いの方角へ歩いていった。
華は、おみやげ物や食堂がある建物に入り、そこにある絵はがきを眺める。
観光地らしき風景や、花畑、紅葉に染まった山々の写真もある。
「こら、寄り道したらダメだぞ」後ろから、剛君の声だ。
二人で笑いながら車に戻り、再び車は目的地へと走り出した。
ファームに到着し、すっかり季節が変わり衣替えしている草花を観察する。
他のボランティアの人達に挨拶し、作業を始める。
畑の向こうには小さな山もあり、栗や柿がなっており、収穫しカゴに入れていく。
再びここへ来られるとは思っていなかったので、それらの作業が楽しくて仕方がない。
夢中で作業を終え、お昼の休憩を取る為、小屋の方へ移動し腰掛ける。
オーナーのおばあちゃんが作ったおにぎりや、卵焼き、山菜の天ぷらが並んでいる。
華は、用意してきた保温ジャーを開けて、剛君に豚汁を渡した。
「はい、これ」器からは湯気が出ている。
「え! 華ちゃんの手作り? 感激だな。いただきます」と言うと、すぐに口に運ぶ。
「うまい! 天才! 店で出せる」
その言葉に笑う。
秋めいた風が吹いているが、日差しが温かくて、心地よい。
「ねぇ、華ちゃん。しばらくは、ゆっくり俺と二人の時間を過ごして欲しいんだ。焦らず、お互いを理解する時間っていうかな。上手く言えないけど、急に恋人っていうのではなくて、友達以上恋人未満っていうかさ。華ちゃんのこと、もっと知りたいし、俺のことも知って欲しいし」
きっと、剛君なりの気遣いなのだろう。まだ離婚して半年だ。いきなり恋人だと、私も断っていたかも知れない。
好きだけど、今はそんな気にはなれないというのが正直な気持ちだ。前の夫の事は今では理解しているけれど、結婚前から恋人がいたことや、子供がいたことは、流石にショックだった。その傷はまだ癒えてはいない。
考えている華に剛は続ける。
「ねぇ、華ちゃんにとって人を好きになることってどういうこと?」
華には明確な答えがあった。
「きっと、人を好きになると心に“恋のフィルター”がかかると思うの」
その答えに剛は不思議そうに
「フィルター!?」
「そう。人を好きになると今まで見ていた風景が違って見えたりするじゃない?綺麗な景色がより綺麗に見えたり、他人に優しい感情が芽生えたり。でもね、それだけじゃないの。好きになりすぎて嫉妬に燃えて憎んだり、恨んだり」
剛は黙って聞いている。
「でも、よく考えたら、それって好きになられた人側からすれば、その人自身は何も変わっていないの。今まで通り。なのに、好きになった人は勝手に変えちゃうのよ、その人を。そして、恋心がなくなって、その“恋のフィルター”が外れると、恨みも消えたりね。なぜ恨んでいたかもわからなくなったり」
「なるほど」剛は腕を組んでいる。
「それに、この“恋のフィルター”は年月が経つと、曇ってくるのよ。憎い感情とか、怒りとか、そうね、セピア色になってくるの。色褪せてくるっていうのかな。それは自分のフィルターが汚れてきただけなの。相手は何も変わっていないのに。もちろん、お互い恋していたら、相手もこのフィルターを通して自分を見ているから、同じ感情を抱いているかも知れない。そして、憎しみ合って、罵しりあうの。長くなっちゃったけど、これは剛君が気付かせてくれたことなの。不満は自分の心の中にあるって言ってくれたから。だから何が言いたいかというと、人を好きになるって事は、普段の感情とは全く別物になるって事だと思うの」
「そっか、冷静にその人を見られなくなるっていうやつね。恋は盲目って言葉もあるしね」
剛は理解した。
「そう。だから人を好きになるって、凄い事だし、逆に怖いことでもあるの」
華は少し下を向いて何かを思い出すような顔をしている。
それを払拭するように
「そっか。じゃあ、今、華ちゃんの中では恋をするというのは怖いって心境になっているのかな?」
まさに図星だった。
離婚してから色々考えた時に思った。
夫は本当に彼女の事が好きだったのだと。好きだからこそ、自分と結婚してからでも彼女を守ってきたし、疲弊するような二重生活を続けられたのだろう。それに、彼女も私と結婚した夫を恨まず、結婚できなくても夫との子供を産んで、形式よりも夫といることを選んだ。これは本当に恋をしていないととても出来ないことだ。
それだけ、人を好きになると言うことは、凄いパワーを生み出し、何事もやってのける力がある。
しかし、その力は少し方向が違うと怖いことにもなるとわかっている。
「そうね。少し怖いかも」
「華ちゃんの気持ち、わかっているつもりだよ。だから今は友達以上恋人未満でいいよ」
照れながら笑う。
「ありがとう。こんな私で良ければお願いします」と軽く頭を下げた。
それを見て、急に剛君は立ち上がり
「こちらこそ、よろしくお願いします」大げさに深々と頭を下げた。
色々準備していて、時計を見たらもう待ち合わせ時間ギリギリになっていた。
剛君の紺色の車がロータリーに停まっているのが見えた。
コンコンと助手席のガラスを叩く。
スマホをいじっていた剛君は顔を上げて
「おはよう」と言って手招きする。
扉を開けて華も
「おはよう」と返して助手席に乗り込んだ。
すぐさま、剛君は
「さ、前回盛り上がったCDかけますか!」と言ってスイッチを押す。
懐かしいメロディーが流れて、車は出発する。
高速道路を上がり都会の風景は消えて無くなり、紅葉が始まったばかりの山々が見えてくる。
「紅葉、綺麗だね」華は窓の外を見ながら話しかける。
「これから、もっと綺麗になるよ。真っ赤に染まるからね。また見に来ればいい」
“また”という言葉に、剛君との未来があるのだなと感じ、幸せを噛みしめる。
社会人になったころは、どこかに幸せがあると思っていた。
いい会社に入れば、いい人と結婚できれば、誰かが愛してくれれば幸せになると思っていた。
でも、今では、実際に幸せは心の中にあって、目に見える物ではなく、幸せは感じる物であり、自分の考え方一つで手に入れることが出来ると信じている。
途中で、前回と違うサービスエリアで少し休憩することになった。
「じゃあ、十分たったら、戻ってくるように。三島! 前回遅刻しているから集合時間に遅れないように」と冗談を言う。
そして、剛君は、お手洗いの方角へ歩いていった。
華は、おみやげ物や食堂がある建物に入り、そこにある絵はがきを眺める。
観光地らしき風景や、花畑、紅葉に染まった山々の写真もある。
「こら、寄り道したらダメだぞ」後ろから、剛君の声だ。
二人で笑いながら車に戻り、再び車は目的地へと走り出した。
ファームに到着し、すっかり季節が変わり衣替えしている草花を観察する。
他のボランティアの人達に挨拶し、作業を始める。
畑の向こうには小さな山もあり、栗や柿がなっており、収穫しカゴに入れていく。
再びここへ来られるとは思っていなかったので、それらの作業が楽しくて仕方がない。
夢中で作業を終え、お昼の休憩を取る為、小屋の方へ移動し腰掛ける。
オーナーのおばあちゃんが作ったおにぎりや、卵焼き、山菜の天ぷらが並んでいる。
華は、用意してきた保温ジャーを開けて、剛君に豚汁を渡した。
「はい、これ」器からは湯気が出ている。
「え! 華ちゃんの手作り? 感激だな。いただきます」と言うと、すぐに口に運ぶ。
「うまい! 天才! 店で出せる」
その言葉に笑う。
秋めいた風が吹いているが、日差しが温かくて、心地よい。
「ねぇ、華ちゃん。しばらくは、ゆっくり俺と二人の時間を過ごして欲しいんだ。焦らず、お互いを理解する時間っていうかな。上手く言えないけど、急に恋人っていうのではなくて、友達以上恋人未満っていうかさ。華ちゃんのこと、もっと知りたいし、俺のことも知って欲しいし」
きっと、剛君なりの気遣いなのだろう。まだ離婚して半年だ。いきなり恋人だと、私も断っていたかも知れない。
好きだけど、今はそんな気にはなれないというのが正直な気持ちだ。前の夫の事は今では理解しているけれど、結婚前から恋人がいたことや、子供がいたことは、流石にショックだった。その傷はまだ癒えてはいない。
考えている華に剛は続ける。
「ねぇ、華ちゃんにとって人を好きになることってどういうこと?」
華には明確な答えがあった。
「きっと、人を好きになると心に“恋のフィルター”がかかると思うの」
その答えに剛は不思議そうに
「フィルター!?」
「そう。人を好きになると今まで見ていた風景が違って見えたりするじゃない?綺麗な景色がより綺麗に見えたり、他人に優しい感情が芽生えたり。でもね、それだけじゃないの。好きになりすぎて嫉妬に燃えて憎んだり、恨んだり」
剛は黙って聞いている。
「でも、よく考えたら、それって好きになられた人側からすれば、その人自身は何も変わっていないの。今まで通り。なのに、好きになった人は勝手に変えちゃうのよ、その人を。そして、恋心がなくなって、その“恋のフィルター”が外れると、恨みも消えたりね。なぜ恨んでいたかもわからなくなったり」
「なるほど」剛は腕を組んでいる。
「それに、この“恋のフィルター”は年月が経つと、曇ってくるのよ。憎い感情とか、怒りとか、そうね、セピア色になってくるの。色褪せてくるっていうのかな。それは自分のフィルターが汚れてきただけなの。相手は何も変わっていないのに。もちろん、お互い恋していたら、相手もこのフィルターを通して自分を見ているから、同じ感情を抱いているかも知れない。そして、憎しみ合って、罵しりあうの。長くなっちゃったけど、これは剛君が気付かせてくれたことなの。不満は自分の心の中にあるって言ってくれたから。だから何が言いたいかというと、人を好きになるって事は、普段の感情とは全く別物になるって事だと思うの」
「そっか、冷静にその人を見られなくなるっていうやつね。恋は盲目って言葉もあるしね」
剛は理解した。
「そう。だから人を好きになるって、凄い事だし、逆に怖いことでもあるの」
華は少し下を向いて何かを思い出すような顔をしている。
それを払拭するように
「そっか。じゃあ、今、華ちゃんの中では恋をするというのは怖いって心境になっているのかな?」
まさに図星だった。
離婚してから色々考えた時に思った。
夫は本当に彼女の事が好きだったのだと。好きだからこそ、自分と結婚してからでも彼女を守ってきたし、疲弊するような二重生活を続けられたのだろう。それに、彼女も私と結婚した夫を恨まず、結婚できなくても夫との子供を産んで、形式よりも夫といることを選んだ。これは本当に恋をしていないととても出来ないことだ。
それだけ、人を好きになると言うことは、凄いパワーを生み出し、何事もやってのける力がある。
しかし、その力は少し方向が違うと怖いことにもなるとわかっている。
「そうね。少し怖いかも」
「華ちゃんの気持ち、わかっているつもりだよ。だから今は友達以上恋人未満でいいよ」
照れながら笑う。
「ありがとう。こんな私で良ければお願いします」と軽く頭を下げた。
それを見て、急に剛君は立ち上がり
「こちらこそ、よろしくお願いします」大げさに深々と頭を下げた。