今ならやり直せる
春が少し感じられるようになってきた季節は、オーダーの注文が増える。

インターネットで販売している商品の中には花束もあり、いくつもの組み合わせパターンの画像が掲載され、そこから選ぶようになっているが、掲載されている以外の花束も受け付けているので、それらの注文が増えるのだ。

受注担当の社員からオーダー表を受け取り、華が倉庫で自ら用意する場合もあるし、忙しいときは倉庫担当者に
オーダー表を渡して分担する場合もある。

「華ちゃん、これ今日のオーダー表、お願いね」と渡されたのは、二十件程だった。

一通り確認する。

お店の開店祝い、お誕生日、米寿のお祝い等、予算と希望が書き込まれている。

そのオーダー表を持って、倉庫へ急ぐ。

倉庫にいる担当者が華の姿を見て

「注文多いの?」と声をかけてくれる。

「二十件くらいかな」と数枚オーダー表を倉庫担当者に振り分けて、花を選んでいく。

お見舞いの花は匂いがきつくないもので、枯れても葉や花びらが落ちにくく、世話が掛からない物を選び、米寿のお祝いには、黄色やオレンジのカラーを選び長持ちする物など、用途に合わせて手早く仕上げていく。

最後のオーダー表には

“あなたがもらって嬉しい花束をお願いします”と記入がある。

最近、こういうオーダーも多く

“女性スタッフの方が選んだ花束をお願いします”や

“五十代の女性が好きな花束をお願いします”という注文もある。

素直に自分が好きな季節の花を選び、春らしくカラフルに仕上げた。

「こんな花束を貰える女性は幸せだな」と感じながら。

オーダー品を仕上げて配送準備する部署へ納入するが、先程の花束は近場の配達のようだ。

配送先を確認すると剛のホテルだった。

ホテルには急な花束のオーダーも多く、よく届けに行っているので、その足で華はホテルに向かった。

薄手のスプリングコートを着た人達が道路を行き交い、サラリーマン達はスーツの上着を脱いで歩いている。

春が近づいているのだなと少し嬉しい気分になり、ホテルの従業員出入り口へ向かう。

ホテルからのオーダー品はいつも、通路の奥にある従業員の控え室へ持って行くことになっていた。

この部屋では休憩中の従業員がいる事もあるが、通常ホテルの備品が搬入され、それを仕分けしたり検品したりする部屋となっていた。

花束を胸に抱えてノックをして中にはいると、剛が手招きしている。

華がホテル内で剛と会うのは、いつもロビーや廊下で、この部屋にいることはあまりない。

「あれ、どうしたの?」と聞いてもそれを無視して華の手を引っ張る。

奥は小さな部屋に仕切られていて、ロッカーがズラリと並んでいる。

従業員の着替えようの部屋らしい。

華は、視界を遮る花束をとにかく剛に渡そうとする。

「あの、これ。注文品」

剛はそれを受け取ると、すぐに

「はい、これ」と花束を返してくる。

「え?」渡した物を再び手渡されて驚いていると

「これ、俺が注文したの。華の為に」

「どういうこと?」

剛は回りに誰も居ないかを確認するように見渡して

「結婚してください」とポケットから指輪の入った箱を取り出し、華の方へ差し出す。

呆然と立ち尽くす華に向かって

「この花束、ばっちり、華ちゃん好みだと思うんだ。だって、華ちゃんが欲しい花束でしょ?」

「剛……」

指輪の箱を開けると、花の形をモチーフにしたダイヤモンドの指輪が入っている。それを取り出し、華の左手薬指
にはめた。

「華の返事は?」

涙目になって下を向いている華の顔を覗き込む。

「はい」

と答えるのが精一杯だった。

「よっしゃ。どうしても出会った場所でプロポーズしたかったんだ。でも流石にホテルの中はね。ムードなかった
かな?」と笑う。

「ううん。嬉しい。本当に嬉しい。ありがとう」

指輪がきらりと光った。

前回の時は、あまりにもあっさりと結婚が決まりドラマのようなプロポーズはなく、現実はこんなものだと思っていたが、地味な私でも人生でスポットライトが当たるときはあるのだなと感慨深い。

剛にされるのなら、どんな形のプロポーズでも嬉しいに決まっている。それなのに、私がチョイスした花束を渡すなんて、冗談か本気かわからない所が剛らしい。

いつも明るく楽しい剛となら、どんな困難がやって来ても平気なような気がする。

笑い飛ばして、二人で手を取り合って生きていけるだろう。

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