最愛の調べ~寡黙な王太子と身代わり花嫁~
ベルの笑顔




エンデルとの話し合いは、思いのほか早く終わった。
フェルナードはエンデル側に協力すると決め、これからアステートも西の国も荒れるだろうことをその場にいる兵士達に話をした。

既に西の国は腐敗の一途を辿り、城の警備もかなり手薄になっているらしい。王の身辺警護には貴族の跡継ぎ以外の次子が引き抜かれ、形ばかりのものとなっているという。国民の不満はいつ爆発してもおかしくないほど溜まっていて、決して貧しくはなかった筈の西の国は、今や枯れ枝のごとくやせ細っている。エンデルは事前に、それらを危惧している貴族達、半国王派の人間に声を掛け、そちらでの協力もとりつけているとフェルナードに話した。
あとに残すはアステートの協力のみ、というところだったという。西の国で妾腹の王子が率先してクーデターを起こすのでは穏やかではない。味方にも限りがある。そこで、今まで長い間西の国に要らぬ戦をしかけられていたアステートに間に入ってもらおうと考えたそうだ。
エンデルが表に立っても、フェルナードが西の国の問題に首を突っ込んでも、どちらにせよ不穏分子は生まれてくるだろう。そうなったとき、大国アステート公国の監視の下に国を再建したほうがましだろう、という結論に至ったそうだ。
両国間の平和のため、ひいては周辺諸国の親和のために、アステートに先頭に立ってもらおうと画策していたわけである。

「そこにお前の宝物が飛び込んできたのだから、天は私に味方した」

エンデルが機嫌よく言うと、フェルナードは不機嫌な顔を返す。
決して仲が良くは見えないのだが、悪くも見えないから不思議である。
それは兵士達にも言えることで、さすがにすぐに仲良くとまではいかないが、王の命に逆らえず苛酷な環境の下戦をしてきた西の国の兵士達に同情を禁じえないようである。
妙に元気で敵味方の垣根のない給仕の女達が潤滑油になり、両国の兵士間で会話をするまでにはなっていた。
ステラ嬢は見つかったが、何故かイザベラを見るとそわそわと視線を逸らしてはちらちらと見てくる、という謎の行動をとるようになっていた。

「これから忙しくなるが、お互いの国のために、どうかよろしく頼む」

大真面目に頭を下げたエンデルに、西の国の兵士達も倣い、深く頭を下げた。
フェルナードがアステートの兵士達を見渡すと、その多くが頷いて見せる。何故か話し合いに参加していたミカエルも頷いている。
それを受けて、フェルナードも力強く頷いた。



「フェルナード王子は、どうしてエンデル王子の話にすぐ同意したのかしら」
男達の中で何かしらの絆が生まれているのを、イザベラとベルは樽に越しかけながら眺めていた。

「利害の一致でしょう。元々、西の国との小競り合いにはアステート側の利など全くなく、ただ土地を奪われるのを阻止するだけの戦でした。だからといって国ごと潰しにかかるほどの戦の規模でもないので、長くその扱いに困っていたのです。王を挿げ替えてしまえばまだ少しはましになるだろうか、と先日そんな話をしたばかりでした。それをあちらの第三王子側から提案してくださったのです。乗らない手はないでしょう」

しかも、あくまで世界の平和という名目の下に、西の国第三王子からの要請を受け、かの国内の紛争に介入する、という形を取れば、軋轢は少なくて済む。

「勿論、簡単なことではありませんがね。このまま不毛な戦いを我々の子供達に引き継いでいくよりは、ましな答えではないでしょうか」

ベルの言葉は、とても一兵士の言葉とは思えなかった。
アステートという国が、国の未来を、自分達が去った後の国の形までも見据えてきたことがよくわかる。そんな思想のもとに国に尽くしたきたフェルナードについてきたベルだからこその言葉だろう。

「そういえば、サムエルはどうして私にあんな嘘を吐いたのかしら」

フェルナードには想い人がいる、というあれである。
サムエルの様子を見るに、報われないイザベラに同情しているようで、嘘を吐いているようには見えなかった。

「ああ、彼は、本当にそう思っているからです」

ベルは事も無げに言った。

「彼だけはフェルナード王子の真意を知りません。ミカエルから事前に、姫様は人の声で嘘を見抜ける、と聞いていましたので、何も知らない新参者を側仕えに据えたのです」
「……それは、私にまだ隠していることがあるということかしら」

イザベラから鋭い指摘があったが、ベルは動じることなく「ございません」と応じた。

「あったとしても、恐らく王子からお話がありましょう。どうかそのときをお待ちください」

まさかエルゴル王を嵌めて愛しいイザベラを娶ったなど、フェルナードの許しもなくイザベラに話せるはずもない。下手をすれば結婚をする前に実家に帰られてしまうかもしれない。

「あら、待って。王子はミカエルに会ったことがあるの?湖のときは、初対面にしか見えなかったわ」
「あのときは本当に森から出てきた熊か、腕の立つ変質者にしか見えなかったそうです」

そもそも、面識があったとはいえエルゴルの城での王との謁見で、少しの時間立ち会っただけだ。随分と逞しい執事がいるな、くらいの認識しか、フェルナードにはなかった。

「では、結婚式を延期したのは?」

イザベラが間に合わせの姫だからこそ、結婚式は延期されたと思っていたのだ。そうではなかったとしたら、理由はなんだろう。
ベルは暫く言い渋ったが、イザベラがじっと見つめると観念したように口を開いた。

「王子が突然、やはりきちんと愛し合ってから式を挙げたいと言い出したからです。姫様の気持ちがないままに式を挙げて愛を誓っても、虚しいだけだと。詮索はしないでください。我々も、まさかあの王子がそんなことを言い出すとは思いもしなかったのです」

最後に深い深い溜め息を吐いているベルには悪いが、フェルナードがそんなふううに思ってくれていることが嬉しかった。

「私、王子に好きをもらってばかりね」

これから、共にいる時間の中で、イザベラもフェルナードにたくさんの好きを返したいものである。
エンデルとの話し合いを続けているフェルナードを愛しそうに見つめるイザベラに、ベルは無感情に口を開いた。

「ご心配には及びません。イザベラ姫様はお酒を飲まれるとかなり陽気になって、美声を出し惜しむことなく披露されておいででしたから。恐らく自国ではお酒を嗜まれなかったのでご存じなかったのでしょうが」

突然投下された爆弾に、イザベラは間抜け面でベルを見る。

「フェルナード王子が姫を部屋に抱きかかえて運ぶ間、ずっと歌っておりましたゆえ。聴いているこちらが赤面してしまうような熱烈な恋歌でした。それを聴いている王子の緩みきったお顔をご覧にいれたいくらいです。……更にはそれに触発されてか、我が城では近年稀に見るベビーラッシュだそうですよ」

抑揚なく語られたその事実に、イザベラの悲鳴が上がった。

「どうぞ姫と王子も、彼らに負けぬよう早くやや子を見せてくださいませ」

それが、初めて見るベルの晴れやかな笑顔であった。





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