最愛の調べ~寡黙な王太子と身代わり花嫁~
それから、これから END






「どうにかしてくれ」

エンデルが大真面目な顔で迫ってくる。
その後ろで、ベルが不機嫌を隠そうともせずエンデルの後頭部を睨みつけていた。

アステート公国と西の国第三王子エンデルの協定が秘密裏に結ばれてから、そろそろ二年になる。
着実に変化はあるようで、アステート以外にも戦を仕掛けていた西の国は、そのいくつかから撤退し、少しずつ軍部の縮小が行われているという。王にばれずによくやる、とはベルの言葉で、エンデルはその通りに事を運んでいた。

曰く、「最近は戦を仕掛けるだけ仕掛けて、そのまま現場に放置だったからな。定期的な報告も行われていないし、時々無茶な命令が届くくらいだ。それだって命じるだけ命じて、結果報告を求めることもない。私に賛同してくれた者達の協力あってこそだ。王が自分で命令したことも忘れているような戦場のところは、なんとか悟られずに撤退させることができた」とのことらしい。

情報が命なのだという。城なぞ牢獄と同じ。王の耳に入る情報さえ操作できれば、あとはエンデルとフェルナードの考えた計画通りに進むらしい。普通はそう簡単にはいかないが、既に機能していなかった王城などそんなものらしい。既に王子二人は様々な理由をつけて、西の国から避暑地へとばらばらに連れ出し、そこで監視の下過ごしてもらっているらしい。王が討たれれば、二人の穏やかな時間も終わりだそうだ。
一重にエンデルが相当切れ者であったこと、フェルナードの協力、何故か「アステートの平和が、おひい様の幸せに繋がります故」と頻繁に軍議に参加しているミカエルの助けもあり、エンデルのクーデターは静かに、しかし確実に実行に移されていた。

そしてここ最近、エンデルがうるさい。
うるさいというのは、物理的にうるさいというより、同じ話題を持ち出してきてはイザベラを巻き込もうとするのである。

「私はあの筋肉執事より、ベルがいい」

アステートと西の国との情報を繋ぐ者を、ミカエルからベルに変更しろとうるさいのである。
はじめはベルに正面からお伺いを立てたそうだが、無理です、とばっさり切られて今度は違う方向から攻めはじめた。
エンデルはベルがお気に入りなのだ。できればフェルナードから貰い受けたいと考えているらしいが、フェルナードはベルに一任しているので助け舟は出ない。
エンデルの希望は叶いそうになかった。

ベルが無理、フェルナードが無理、となると、一応現主となるイザベラにその矛先が向けられるようになったのである。

「無理ですよ……」

向けられたところでそう言うしかないのだが。

「そこをなんとか説得してくれ。貴方が相手なら、彼女も強く出られないだろう」

それはそうなのだが、エンデルの背後のベルから無言の圧力を掛けられていてはどうしようもない。

「君は最近とても幸せらしいと聞く。その幸せを私に少しでも分け与えようとは思わないのか」

おかしなことまで言い出した。
更には賄賂のつもりなのか、小さな箱をイザベラに差し出す。
白と見まごうほど薄い水色に、白い光沢のあるリボンがかけられている。

「懐妊したと聞いた。おめでとう」

あの流れからまさかのこれである。ベルもそれは予想外だったのか、目を丸くした。

「我が国では、赤子が産まれるとその子へ靴下を贈る習慣があるのだ。どうか使ってくれると嬉しい」

少し膨らんできたイザベラのお腹を、眼を細めて見つめながらエンデルは微笑んだ。
この男、自国でも異様に女にもてるとミカエルが言っていた。彼の人脈は大体が女性から始まり、その夫、その父親、叔父――と繋がっているらしい。爛れた関係ではなく、彼自身は潔癖なものだが、何故か女性達がエンデルに尽くしてやりたいと率先して協力してくれるらしい。その片鱗を垣間見た気がした。

ベルも額を抑えながら苦悩している。
彼女が、エンデルのこれにやられかけていることをイザベラだけが知っていた。

「だから急にこちらに来ると言い出したのね。あと少しで大詰めだというのに、何を考えているんだってフェルナード王子が怒っていたわ」
「君達の結婚式には、国の関係上参列できなかったからな。これくらいは許されるだろう」

その結婚式の際には、匿名で美しい花を贈ってくれた。〝永遠の幸福〟が花言葉の、幸せの花だという。
厭味もなくこんなことをするので、恋愛においてはフェルナード王子の百歩先を行ってますね、と双子に言われているエンデルである。

「ところでフェルナードは?」

付き合いも長くなると、王子達の仲も深まったようで、友人同士の気安さで尋ねられる。


「もうすぐ帰ってくると思いますが……」

イザベラが答えてすぐに、馬の嘶きが外から聞こえてきた。
窓を覗き込むと、フェルナードと双子達が湖に掛けられている桟橋をこちらに渡って来ている。

エンデルが訪れる際は、必ず湖の城で密会が行われる。西の国の第三王子がアステートの城に出入りするなど、まずもって無理だからである。
王には話を通してあるらしく、この城は結婚祝いにとフェルナード王子に引き継がれることとなった。好きに使え、とのことらしい。ちなみにアステート王は、フェルナードの恋心も、更にはそれによる暴走全てを知っていてあえて放置していた喰えない王である。

イザベラも、妊娠がわかってからはこちらで過ごしている。
恋仲になり、夫婦になり、事あるごとにフェルナードに恋の歌を歌っていたイザベラだが、それが原因で城ではイザベラの歌を所望する声が後を絶たず、なかなか落ち着けずにいたのだ。
城を挙げての年間行事案に、イザベラ姫の聖歌の会、などという、イザベラの歌をひたすら聴き続ける催しの案が提出されたと聞いたときはさすがのフェルナードも苦言を呈した。



暫くすると扉がノックされ、フェルナードと双子が顔を出した。
今日は帰りが早いと言葉通りである。

「おかえりなさい」

式を挙げ、正式な夫婦になったあとも、イザベラはフェルナードを見ると嬉しくなって駆けだしてしまう。
それを慌てて受け止めに走るのがフェルナードである。
イザベラの妊娠がわかったとき、恐ろしいまでに過保護になったミカエルを見ていたせいで、彼もまた過保護になってしまった。
ちなみにミカエルは、あまりの過保護ぶりにイザベラのストレスになるとベルに言われ、暫くエルゴルに戻っている。エルゴルにいても西の国の情報を運んでくるなど、すっかりアステートの軍部内に食い込んでいる筋肉執事であった。

『ただいま』

走ってきたイザベラを優しく抱きとめて、フェルナードがゆっくりと唇を動かす。
その新緑の瞳が今にも溶け出しそうに甘くて、優しくて、イザベラはその頬にキスを送る。

「相変わらずの熱愛だな。見ていて酒が欲しくなる」
「同感ですね」

エンデルと双子の呟きも、今のイザベラとフェルナードには気にならなかった。

「エンデル王子が贈り物をくださったんです」

小さな箱を見せると、フェルナードが顔を上げてエンデルに礼を言う。
エンデルの多才振りには驚くが、彼は読唇術もすぐに習得してフェルナードと会話できるようになっていた。

「礼には及ばん。私が好きでしていることだからな」

両国間の平和のためというより、もはや友人同士の付き合いになりつつある二人である。
いつかそうなればいい、とイザベラは思った。
エンデルも人目を憚ることなくアステートを訪れ、そしていつか、イザベラも西の国を訪れてみたいと。


「あ、そういえばイザベラ姫~、ステラ嬢から手紙を預かってきましたよ」

ジェフが懐から花模様の愛らしい手紙を取り出す。
差出人はなく、既に何通も貰っている手紙だが、皆が皆、ステラ嬢からだと知っていた。
ちなみにステラ嬢本人は、自分が書いていることが知られているとは気付いていない。

はじめは、城にあるイザベラの部屋の前にぽつりと置かれていた。
警備が厳重な筈の城で、差出人不明の手紙は読まれることなく処分される。されるのだが、見つけたのがイザベラ本人であったため、中身も読まずに捨てるのは忍びないとベルが開けて中身を検分することで許してもらったのである。

熱烈なラブレターであった。
フェルナードに宛てたものではなく、歌姫イザベラに宛てたものである。
随分と熱心に、イザベラの歌について書き綴られていた。
曰く、神が天から遣わした歌を司る天使だとか、人々を浄化する祝福の歌だとか、その声さえあれば生きていける、私が唯一無二の信者だとか。

あまりに熱烈なのでフェルナードが書いた物ではないかとベルが疑ったが、そもそもフェルナードは花模様の便箋など一つも持っておらず、筆跡も違うことからその容疑はすぐに晴れた。
とりあえずファンレターとして有り難く受け取ったのだが、それからもその手紙は届いた。頻度はまちまちだが、皆同じ筆跡で、内容もひたすらに熱烈である。

さすがにちょっと怖い、イザベラが思い出した頃、意外客が訪れた。

アステート宰相、ロセ・ファン・スレイド伯爵である。

彼とは、エンデル王子の天幕から城へと帰還したときに話したきりだ。

イザベラを陥れようとした罪への謝罪と、共に救出してくれたことへの感謝だった。その際、娘の処遇はいかなものであろうと受け入れる、と口にしたので、イザベラは特にステラ嬢を罰するつもりはないこと、恨んでもいないことを伝えると、床に頭をこすり付けて感謝された。
とはいえ、今回のことは反逆罪と取られても仕方のないことである。全くの処罰なしというわけにもいかず、フェルナードと相談して、自宅謹慎及び、社交界への出入りを三年間禁じること、ロセ・ファンの監視を徹底することを処罰とした。さすがに甘いとフェルナードに叱られたが、イザベラはそれでよかった。
そんなロセ・ファンの訪問に一体どうしたのかと驚いたイザベラだが、話を聞くとステラ嬢がとんでもないことになっていた。
曰く、ステラ嬢があの日以来、イザベラの歌の熱烈な虜になってしまったこと、情熱的過ぎる手紙を書いたのはステラ嬢だということ、娘に頼まれる度、イザベラの目に付くような場所に手紙を置いていたこと。
さすがに自分が犯した罪の重さは理解したらしく、自分からだと知られれば読んでもらえないかもしれないと差出人を書かずに、ひたすらに書き溜めていたらしい。
はじめは差し出すこともなくひたすらイザベラの歌への想いを綴っていたのだが、想い極まりすぎて体調を崩す始末。
床の中で、イザベラ姫に手紙を読んでもらいたいと涙を流す娘をさすがに憐れに思ったロセ・ファンが、手紙の届け役となったわけである。

娘のためなら本当になんでもする人だな、がイザベラの感想である。

迷惑ならやめさせる、と頭を下げて謝ってきたロセ・ファンに、差出人の正体がわかれば怖くない、とまたもフェルナードとベルを怒らせるようなことを言って、イザベラはそれ以来、ステラ嬢の手紙を受け取るようになった。


「二年も経とうとしてるのに、相変わらず熱烈ですねえ」
「直接歌を聴いたら失神しちゃうんじゃないですか」

双子の言は大袈裟であるが、ステラ嬢の書く手紙にはそれだけの情熱が込められていた。





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