あと一欠片のピース
茜がブランコを膝で漕ぐのをやめたから、勢いがだんだんと緩くなった。
「だってあいつ、あんなに綺麗な字書けないから」
「でも東海道線、普通に字上手くなかった?」
「上手かった。でもあんなに綺麗な字じゃないのは確か」
思い出すパズルに綴られる〝今宵〟の文字。
斜め上に上がった字は、見たことがないくらい綺麗だった。
あんなに綺麗な〝今宵〟は、見たことがなかった。
「じゃあ東海道線じゃないんだ。あんた習字やってんもんね、見る目は確かだからね」
「うん」
書き慣れているはずのわたしが書く〝今宵〟よりも、何か雰囲気を漂わせた美しい字。
思い出すだけで、惚けてしまいそう。
って、馬鹿か。
字に惚れてどうする。
「そんなに綺麗だったわけ? 見たい。出して」
「え、今?」
「今!」
「ない」
「は?」
「下駄箱に置いてきた」
「はぁぁ?」
茜はありえないとでも言いたげなすごい顔をして、ため息をついた。
「なんで置いてきたわけ?」
「わたし宛じゃないかもしれないから」
「ばっか! 今宵って書いてあったんじゃん!」