あと一欠片のピース
顔に張り付く濡れた髪をどかして、顔の肉をぐいーっと伸ばされる。
そのせいで雨が口の中に入る。
正直、おいしくはない。
雨でつるつるするから蒼馬くんの手は滑るはずだ。
なのに、蒼馬くんの手は加減せずにわたしの肉をつまんでいる。
正直、痛みで泣きそうになってる。
「いひゃい」
「ぶさいくな顔」
「にゃにおーーっ!!」
暴れてやっと離してもらった顔を手で押さえるわたし。
それを、くすくすと彼が楽しそうに笑うから。
「ふふ、蒼馬くんのばあか」
「お互い様な」
わたしまでつられて笑う。
優しさが嬉しくて、また泣いて。
なんて平和なんだろう。
これが真尋を犠牲にした上であるものなのに。
雨が、わたしの瞼に落ちた。
もしかしたら、これは彼女の涙なんじゃないか、なんて。
いつまでもネガティブなのは良くないのに。
あの背中は、前を向いているだろうに。
ふと瞳を閉じれば、すぐそこに彼女がいた。
『狐の嫁入りって知ってる?』
首を振れば、『今宵は馬鹿だからなあ』と笑われた。
『晴れているのに雨が降っている時ってね、狐が嫁入りに行くの時なの。とてもめでたい祝福の雨なの。素敵でしょ』
朗らかな声に、わたしはまた涙した。
fin.