運命なんてありえない(完結)
酒井くんのことが本当に好きならば私にいちゃもん付けてないで自分の中身を磨いていただきたいものだ……
こんな強気なとこが元旦那に捨てられた一因かしらね
なんて思いながら社長室のあるフロアの扉を開け足を踏み出す
手前から会議室、応接室、秘書室、一番奥に社長室とある
その一番奥の扉がパタンと閉まる音がした
はぁ……聞いてたな
息を吐き奥の社長室の前まで歩を進める
コンコンコンと左手で3回ノックする
中から「どうぞ」と声が返ってきたのを確認してドアノブを回す
扉を静かに閉め「失礼致します」と一礼しシックな濃い茶色の社長机に座る高梨様に視線をやると手前のこれまた高そうなソファへと促される
ローテーブルを挟み3人掛けのソファが2つ
奥に高梨様が座られたのを確認してから手前に私が座る
「聞いていらっしゃいましたよね」
「外から帰ってきたらたまたま聞こえてね」
ぬけぬけと…さっき食堂の隅っこで秘書の吉野さんと食べてたじゃないのよ
「15分しか休憩がとれないなんて高梨様もお忙しいんですね」
笑顔で少し嫌味を言う。
私が気付いていないと思っていたのか、目を丸くし驚いている様子だ
「気付いていたなんてさすが日下さんだね。」
「御社の社員の方に失礼を致しました」
一応、謝罪も述べておく
「彼女もいいお灸になったんじゃないか。あそこまでハッキリと言われて変わらないなら地方にでも行ってもらうよ」
本社からの役職もなしの地方への転勤…家庭の事情で申請でも出してなければ事実上解雇通告に近い
高梨様の社員1人1人の認識力は本当に尊敬する。恐らく本社だけでなく地方や海外の社員の顔と名前が一致して、業績や業務態度も認識しているはず
だからこそ社員からの信頼も厚いのだろうけど
「大也とはどうなんだね?」
その野次馬精神なんとかしてくださいっ!
さっきの仕返しとばかりにニヤニヤとこちらを伺っている
「どうもなにも彼のことを知ったのはほんの数日前ですし…」
先程の低音ボイスも思い出してしまい激しく反応する心臓
「本当に数日前かな」
「え…」
「少なくとも大也は君のことを5年前から知っている。君もC大のラグビー場に足を運んだことがあるなら知ってるかもしれないよ」
私が考え込んでいると高梨様が立ち上がった
「さて、ここの撮影を済ませてラグビー場に移動しよう。午後は私も見学させてもらうよ」
そう言って社長机にピッタリな大きな椅子に腰を下ろす
「はい」
私は考えるのをやめて立ち上がりカメラを準備しながら机を挟んで高梨様の正面へ移動した