運命なんてありえない(完結)
こんな時も順番は年功序列で、最後に回ってきたのは私の頭側に立っていた酒井くん


「杏さん、この紅白戦でトライ5本決めたら今日俺と飯行ってくれませんか?」




「……」




沈黙が走る。そもそもトライ5本がどの程度なのかもよくわかりません


「ちなみに大也の15分紅白戦での最高記録は4本です」


キャプテンが5本が未知の域であることを示す


「行ってくれます?」


酒井くんが再び問う



「…はい」


私の返事に物凄い雄叫びと歓声を上げ解散する円陣

シャッターチャンスを逃すまいと必死でシャッターを切る




仰向けのまま残された私は最後に雲一つない澄み切った青空に突き刺さるポールをフレームの端に入れてシャッターを押す



カメラを顔から下ろすと、目の前に大きな左手が差し出された

手の主を見るとやはり酒井くんで、私の右腕を気遣って左手を出してくれたのだろう


ドキドキしながら左手を出すとガシッと掴み寝転がってた私を軽々と立たせてくれた



「危ないんで上に移動してくださいね。そして、思い出してください俺のこと…」




そう言って彼はみんなが整列しているとこへ走っていった


熱くなっている手を握り、佳香の待つ観客席へと上がる





『思い出す』……?





誰かにも似たようなことを言われたような……


「杏さーん始まりますよー」


佳香の声に我に帰り急いでレンズを望遠に取り替える


ラグビーの試合の撮影は大学の時にラグビー部の練習試合をこっそり撮った時以来だ




ボールを追ってレギュラー陣を順番に収めていく


前半を終え、レギュラー陣のプレーは大体撮れたので、後半は佳香の練習に使わせて貰うことにする

SDカードを入れ替えハーフタイムの間にノートパソコンで紅白戦の写真を確認する



うん、さすが私。問題なし……ん?


……



「どうしたんですか?」

確認中に手が止まった私に佳香が声をかける


「11番…」

「酒井くんがどうかしたんですか?」


佳香の声には反応せずにパソコンの中の古いデータと頭の中の記憶を辿る



あの試合は…


大学の頃、私が見た唯一のラグビーの試合

4年の5月…大学のグランドで行われた練習試合


その頃の写真をパソコンで探る


「あった」


見つけた写真とさっき撮った酒井くんの写真をデスクトップに並べる



昔の写真にあどけなさはあるものの、フォームも同じ……間違いなくあの時の11番だ





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