運命なんてありえない(完結)

「じゃ、本日の杏さんの撮影終了と俺の紅白戦トライ5本を祝して乾杯〜」

酒井くんの言葉に自然と笑がこぼれ、「乾杯」とグラスをカチンと合わす


ガタン


グラスに口を付けようとした時、カウンターにいた男性が急に立ち上がり、座っていた椅子が倒れた


「餡子嫌いの杏ちゃんよぉ……」


男性は相当酔った様子で呂律の回っていない口調と覚束無い足取りでこちらに近付いてくる


大将と女将さんも何事かとこちらを伺う



「お知り合い?」

酒井くんに笑顔で問われたが、全く記憶にないので

「知らない」
と笑顔で即答する



バァンとテーブルを両手で叩き酒井くんを一瞥しこちらを睨むように見る

「知らないとは連れないよなぁーあんなに熱い夜を過ごしたのによぉ」

店内に響く大声で…わざとですか


うーん…恐らく暗黒時代のどいつかだろう


幸いとも言うべきか酒井くんとの間にこいつの顔があるため酒井くんの表情が見えない

今のうちに思い出せ私ー

暗黒時代に餡子嫌いの話をしたシーンを呼び起こす


「朝起きたらいなくなってんだもんなぁーやれれば誰でも良かったんですかねぇ」


「あっ思い出した!合コンで俺超すげえとかほざいてたからホテルまで行ってやったのに酒飲み過ぎてて使い物にならなくて放置して帰った残念男!」

敢えて店内に響く声で仕返しとばかりに言う


カウンターの奥で「ぶはっ」と吹き出している大将と女将さんが視界に入る
酒井くんの表情は見えないけど、肩を震わして笑いを堪えている様子


「てめぇ!まぐろ女の遊び人がよくもそんなこと言えるな!」


まぐろ…ほぅ聞き捨てならん!応戦じゃあーー

「はいそこまでね」

酒井くんが残念男の腕を捻り上げる


「いててっ何しやがるっ」


「黙って聞いてようかと思ったけど、聞き捨てならないことが多すぎて、訂正と補足してあげるよ」


抵抗しようとする残念男の腕を更に捻る

「まず『遊び人』だなんて言うけど、そんな時期誰にでもあるでしょ?本当の杏さんは一途でとても真っ直ぐな人だよ?」



力では敵わないと気付いたのか抵抗を止める残念男


「それから女性は男が感じさせるものだよ?独りよがりで『まぐろ』だなんて口にしちゃうなんて下手すぎでしょ」

悪魔な笑みを浮かべ「わかったら出口はあちらでーす」と残念男の腕を解放する


「ちくしょう」と悪役らしい台詞を吐いて男は出口に向かう

「お代いらねぇから2度と来んじゃねえよ」
大将が残念男に出禁を命ずる



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