運命なんてありえない(完結)
高梨様へ写真をお渡しし、中身の確認をしている間にラグビー部の練習が始まったらしく、周りの人集りがなくなり、グランドの方から声が聞こえてくる。
ロビー内は高梨様と秘書の吉野さんと私だけになり、写真を捲る音と撮影時のことを振り返りながら話す高梨様と私の声が響く。
「日下さんに一つ頼みがあるんだが…」
写真の引き渡しが無事完了し、高梨様からある申し出がされた。
近々、リニューアル予定の高梨グループのホームページやリーフレットなどの宣材用の写真を撮ってほしいとのありがたいお話。
フリーとしては何の実績もない私なんかを社長の権限で指名したいと仰っていただき、少々プレッシャーはあるものの、フリー転向に興味がないわけではないので、謹んで受けさせていただく。
撮影の日時などはまたメールで打ち合わすことにして、私はグランドを後にし店舗への帰路につく。
「ワンッ」
行きにクロに通せんぼされた辺りに差し掛かったところで、また小さい悪魔の声が聞こえ、ビクッと体を強ばらせる。
恐る恐る声のした方を向くと、グランドのフェンスの向こう側にクロがこちらを向いて尻尾を振りながらお座りをしている。
フェンスの存在に安堵して、ほっと息を吐くと、グランドの真ん中の方から「大也」と呼ばれていた彼が走ってきた。
「クロー!日下さんをビビらせないの!」
小さな悪魔を抱き上げ「めっ」と言っている彼は日に焼けて少し大人っぽく見えるが、きっと年下だろうと思う。
また名前を呼ばれポカンとしていると、それに気付いた彼はクスッと笑い、こちらを向く。
「俺は酒井大也。また近々会うと思うんで、よろしくね、日下杏さん。」
ニッコリと殺人的な笑顔を見せ、クロを抱いたままグランドの中の方へ走っていった。
……あーあーあー顔赤くなってんだろうなぁ
なんでいつものように軽く対応できないのよ…
恐らく耳まで赤くなっているであろう顔を俯かせて、店舗への道を歩く。
フルネーム知られてるって…いつもならストーカーかよって突っ込むところなのに…
また会うってどういうことだろう…
3月の夕方の空気はまだ冷たく、火照った顔を冷やしてくれた。
店に着くまでにおさまりそうだ。