運命なんてありえない(完結)


「駅の近くの俺がよく行く店でもいいですか?」


と尋ねると迷うことなく頷く杏さん


おしゃれなレストランでもないけれど、少しでも『俺』を知ってもらいたくて、週2、3で通ってる駅の近くの小料理屋へ案内する



チームメイトにも教えたことがないそこは、入社したばっかの頃に橘と河本と俺の3人で見つけ、以来1人でも通うようになった





引き戸を開け中に入るとカウンターに先客がいたので、奥のテーブルに座ることにする


大将に声を掛け奥のテーブルに杏さんを促す


ここに俺が女性を連れて来るのは初めてなので、杏さんを見るなり大将は奥にいる女将さんを呼びに行った



女将さんがお冷とお絞りを持ってくると、案の定「大也くんが女の子連れてくるなんて初めてじゃない!しかもこんなべっぴんさん!」と初めての行為に突っ込みが入る


美人でしょ?俺が欲しくて欲しくてたまらない人




お品書きを開き杏さんに飲み物を尋ねると険しい表情で悩んでいる


即決じゃないということはビールではないのだろう



「……芋水割りで」


悩んだ末に杏さんが出した答えは女性にしては珍しく渋い飲み物だった


女将さんに飲み物を注文し、待っている間に「ビール苦手なの?」と聞く


「ビールがって言うより、炭酸が飲めないのよね」


肩を竦める杏さんの答えは小さな子どものようなそれなのに、代わりに頼む物が芋水割りって…酒豪か



ついでに嫌いな食べ物も聞くと、唯一餡子だけと言う


好き嫌いがないことにこれから一緒に食事をする楽しみも増える…まだ付き合ってもないけど



飲み物を運んできた女将さんにいつものようにお任せだけど、餡子以外でと言うのを忘れずに注文する



餡子が食事に入ってくることはまずないだろうけど…念のため





「じゃ、本日の杏さんの撮影終了と俺の紅白戦トライ5本を祝して乾杯〜」


グラスを合わすと突然カウンターの男が立ち上がり


「餡子嫌いの杏ちゃんよぉ……」

と近付いてきた


見たところ30過ぎの男だが相当に酔っている



杏さんの名前を呼んでいたので、「お知り合い?」と杏さんに確認すると笑顔で「知らない」と即答される




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