運命なんてありえない(完結)
順調に撮影は進み、昼休憩前に食堂以外終わりそうだ。
21階建の本社ビルの18階へと到着した。一般のオフィス階としては、最後の階だ。19階には社員食堂、20階と21階には役員それぞれの部屋と応接室と秘書室がある。
18階にはマーケティング企画部と談話ルームがあるとエレベーターに乗る前に青山さんから説明があったが…目の前に広がる某コーヒーショップのようなオシャレな空間を談話ルームと呼んでいいものか…
某コーヒーショップと違うのは店員がいなくて自販機が置いてあるということくらい
しかもその自販機もコーヒーを豆から挽いてくれるやつもある
隣にいた佳香もポカンと口を開けている。
「では談話ルームから撮りますね」
そう言って佳香を肘でつつき、準備に取り掛かる。
談話ルームでの撮影も滞りなくすすみ、最後に談話ルーム入口にある自販機で男性のモデルさんが飲み物を買っているところを撮っていると、廊下から人が来る気配がした。
「お、橘ー」
廊下から男性モデルさんを呼ぶ声がした。廊下から我々取材陣は死角で見えないのだろう。私からもまだ声の主は確認出来ていないので、気にせずシャッター押す。
声を掛けられて自然な仕草で振り返ってくれ、なかなかいいモノが撮れている。
「俺にもコーヒー」
そう言いながら声の主が姿を現し、モデルさんが手に持っているコーヒーを奪う。
その間もシャッターを切る……
え……
その人物とレンズ越しに目が合い、固まる。
「杏さん?あ、すいません撮影中でした?」
そう言って申し訳なさそうに微笑みながら首を傾げる彼は…紛れもなく2週間前に私を犬から救ってくれた彼、酒井大也くん
「さっ…かい…くんっ……」
不意打ちの登場に言葉が出てこない。
ななななな何故ここに!?
君に会うのは午後のグランドじゃないの!?
まだ心の準備が出来てないんですけどっ
スーツ姿もいいですねっ
って違う違う!
ん?今、「杏さん」て言った?名前で呼んだ?
あーーー赤くなるな私っ!
「談話ルーム撮影オッケーです」
固まる私のカメラのディスプレイを横から覗き込み、プレビューで出された画像を確認して、佳香が勝手にオッケーを出す。
「えっ!?ちょ佳香?」
慌てて佳香を振り返るとニヤニヤとした笑みを浮かべながら移動する準備をしている。
うわぁ…後で色々聞かれそうだ。
「杏さん?」
佳香のオッケーの合図で撮影が終わったことを理解した酒井くんはいつの間にか私の目の前にいて、カメラを握り締めたまま口をパクパクさせるしかできない情けない私。
「…っな…んで」
なんとか絞り出す疑問。
ニッコリと上から覗き込まれますます血が上っていく
「俺、オフシーズンとか遠征が重なってない午前中はマーケティング企画部で働いてるんです。他の部員もどこらしらの部署にいますよ。」
次うちですよね、早く来てください。なんて言いながら先に談話ルームからオフィスへと戻っていった。
「杏さん、移動の準備できましたよ」
放心していた私に荷物をまとめて手にした佳香が声を掛けてきた。ハッとして意識を取り戻すと、視界の端で一瞬だけ憎悪に満ちた表情を私に向けている青山さんを捉えた。
…うん、見なかったことにしよう。
「あ、ありがとう。行こうか」
佳香にお礼を述べ、談話ルームから酒井くんの待つマーケティング企画部へ向かう。
今度は心の準備をして…