勘違いも捨てたもんじゃない

…居るのよね。

【うちの下に居ますよね?】

…インターホンも鳴らなくなった。メールも来なくなった。…帰ったのかな?…寒いって、本当かどうかも解らないし。こんな事してたら、人の言葉には全て裏があるんじゃないかって、いつも疑う癖がつきそう。

きっとご飯は元々済んでいるはずよね?武蔵さんが家でお風呂に入ってるくらいだから。ご飯の誘いでは無い誘い。って事になるのかな。ただの話の取っかかり…公園に居るとしても、私は車を持っている訳でも無いから、すぐ駆け付けるなんて事は出来ないわよ?……はぁ、もう…。

ガウンカーディガンを着て、鍵と携帯を手に下りた。私が飛び出した駐車枠。一応、居るのか確かめてみよう。

エントランスには誰も居なかった。裏手にある駐車枠に歩いた。
あっ。……何?
慌てて背を向けた。来た道を早歩きで引き返した。はぁ、…ドキドキする。更に足早になる。…何、今の。
確かに真っ黒い車はあった。安住さんらしき人影もあった。多分間違いないと思う。それに…それだけじゃなかった。…重なるような人影。
…あの人は、あの女性?長髪の男性では無いと思う。シルエットは髪がふわりと長かった。
…はぁ、ドクドクして来た。今私が見たのは何…。
自然に足が速くなり駆け出していた。見付かってはいないはず。一瞬だったから。パタパタと走った。

エントランスまで帰りついた。
はぁはぁ……はぁ…。
…寒いとか言うから…居るなら…ちょっと心配したのに…。確かに居た。居たけど、だけど、その内帰るでしょ。元々心配なんて必要のない会話。
息が整ってきた。階段のある方へ歩いた。


「…はぁ……待て」

腕を掴まれた。

「え?」

何…どうして入って来れてるの?

「はぁ、…はぁ、下りて来たのなら…何故、声を掛けない」

安住さん…。何言ってるの、声なんか掛けられないじゃない…あんな場面見ちゃったら。

「…狡い人は嫌いです」

「こん、ばん、は」

あ、あの女性。安住さんの後ろに居た。後ろから顔を覗かせている。…やっぱり、あの影は貴女だったのね。

「では、おやすみなさい、フフ」

あ、…。

「…おやすみなさい」

何事も無かったみたいにちょっと科をつくって挨拶をするとエレベーターに乗り込んだ。

…寒いなんて…嘘…嘘つき…。

「あ。安住さん、あの人、行ってしまいますよ?いいんですか?」

「何が?…それより、…寒い…」

「え?」

「もう…限界手前だ」

あ、ちょ、ちょっと?

「安住さん?」

「…部屋に、…休ませて欲しい」

…はぁ、…この人、何してるんだろう。もしかして具合が悪いの?…だったら尚の事、駐車場で何してるのよって話…。

「…歩けますか?歩けなければ部屋に行くのは無理です」

私は運べない。どうせなら車で暖を取りながら休んで、それから帰った方がいいくらいの事。

「…歩ける」

ん?ちょっと熱っぽいかな…。少しだけ支えるように腕を回した。

「本当に歩けます?車の方が…」

近いし、無理しないで済むかも。でも熱があるなら…。

「ああ、まだ大丈夫だから」

…まだって。…本当に…もう。

「では、ちょっとでも楽なようにエレベーターに乗りますよ?……こっちです」

入って階を押して、閉まって、…上がったと思ったらすぐ止まった。開いた。

「…大丈夫ですか?」

「大丈夫だ」


支えながら部屋に連れて歩き、ベッドに倒れるように寝かせた。……ふぅ、こっちがへとへと…。かっちり着た服は脱がせてあげたいけど、裸にする訳にはいかない。だけど着替えさせるような服は無い。
…あ。 …バスローブ。
これなら何とかなるかも知れない。

「安住さん、横になるなら、これ、着ましょうか」

パンツだけって言うのは勘弁して欲しい…。また、これって、お世話する看護師みたい。最早、脱がせる事に迷いは無い。仕事のようなものだ。

「脱がせますよ?」

「…ああ」

なんで恥ずかしげも無くできるのかが自分でも不思議。この人だって抵抗は無いのかな。

ボクサーパンツ以外は脱がせて、なんとかバスローブを着せた。 …はぁ。人の抱え方とか、勉強しようかな…。重く無く負担が軽く、抱き抱えたりできる方法とかあるのよね?
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