勘違いも捨てたもんじゃない
「…なんて事だ……大丈夫だったか?何もされてないか?待ってろ、直ぐ解いてやるから。私だ…大丈夫だ」
腕にグルグルと巻かれたボウタイが急いたように解かれていった。…あ。あぁ…助かった…ん、だ。声を聞き緊張から解放されると同時に安心から気が遠くなった。
ジャケットを前から掛け、抱き上げ車に運んだ。後部席に寝かせジャケットをかけ直した。
ヒールを脱がせ床に置いた。
あぁ…酷い。…なんて酷い状態なんだ。ストッキングも破れている。擦り傷もあちこちに出来ている。スカートは泥が付いている。ブラウスは引き裂かれ、ただの布きれになっていた。
目を隠されて声も出せず…死ぬほど恐かっただろうに。……頑張って抵抗したんだな。
…あの野郎…、…。
アイマスクに触れようとした手を引いた。顔を見るのが恐かった。ゆっくりと粘着テープを剥がした。…痛いよな。少しの間、我慢だ、許してくれよ。
ん、…ん。声は洩れるが、目は覚まさないようだった。…はぁ。アイマスクをゆっくり取った。殴られてはないようだな、はぁ、…涙。目の回りが濡れている。そっと拭うように触れた。…頬に触れた。はぁ…なんて事だ…、こんな酷い目に…。こんな恐怖、味わうものでは無い…。くそっ!なんであの男はここに…。
いい事では無いと解っていたけど、あの男、目茶苦茶痛め付けてやったからな。どんな手を使っても、二度と近寄らせないから大丈夫だ。
…高鞍真希。…抱きしめたい。思い切り腕の中に抱きしめてしまいたい。…拳が震える程、力が入った。……駄目だな、こんな後だ、抱いては驚かせてしまう…。目にかかる髪の毛を掻き分け頭を撫でた。柔らかい頬に触れた。手首を握る。両手を合わせて包む。…露わにされた華奢な腕。締め付けられた跡、痣が出来なければいいが。
…はぁ……なんてことだ…。くそっ!
「……帰ろうな。取り敢えず、私の部屋に連れて帰るからね」
もう一度髪をかき上げるようにして頭を撫で、頬に触れた。
運転席に戻りエンジンをかけた。
…もう少し早く来ていれば。こんな目に遭わさずに済んだんだ。…くそっ。はぁ。くそっ!ハンドルを叩いた。
ルームミラーで何度も後ろに目をやりながら帰った。突然起きる事はなかった。
車を降り、抱き上げエレベーターで一緒に上がった。
部屋に入りソファーに一先ず下ろした。
服を脱がせ、バスローブを着せた。…これではこの間の反対だな…。
寝室へ運び寝かせた。
熱いタオルを持って来た。あの男の手が触れたかも知れないと思ったら、少しでも早く綺麗にしてやりたいと思った。
「高鞍真希…。君は今、波乱の時期なのかな…」
胸元を拭いてタオルを暫く置いて温めた。忌ま忌ましい紅い跡…有る事はとうに知っていた。クリームを塗った。内出血には馬油が効く。塗っておけば少しは早く消えるだろう。手を取り、指先から腕に向かって拭いた。泥…掴んだのか……。脚…。これは拭いたら痛そうだ。傷を洗い流せたらいいんだが…。
脚の下にタオルを幾重にも重ね、上から少しずつお湯をかけ、流した。押さえるようにして拭った。
傷の無い部分は熱いタオルで拭いた。……これで少しはさっぱりしただろう。