勘違いも捨てたもんじゃない
あ。…安住さん?また起き上がっていた。…何度不用意にこの人の裸を見ないといけないのだろう。しかもそれだけでは無かった。
「はぁ。嫌だと言っても暫くは離さない」
ギューッと抱きしめられていた。
「…馬鹿だな。逃げる事が大事だ…はぁ。だけどもし、君が逃げ切れなくて…店が出来なくなっても、それはどうでもいい、どうでもいいんだ。駄目になったらなったで構わない。君が無事な方が大事な事だ」
「はあぁ…有難うございます、でも結局捕まってしまって……。助けてもらえたから私はこうして……。もう危機一髪でしたから」
「…あの場所は君に守られた訳だな」
「…それは違います、全然違います。結果、安住さんが助けてくれたから大丈夫だっただけです。元凶は私なんです。暗い時間帯に公園付近をウロウロしてたから、あの場所が現場になりかけたんです。あの元係長を、何も関係無いあの場所に引き寄せてしまったのは私ですから…」
安住さんは首を振った。悪いのはあの男だと言った。
「君、転職するつもりは無いかな?」
「え、何の話になって…」
「経理、できると言ったね?」
…あ、確か会った日に聞かれた。
「はい」
「ん。引き抜きだ」
「え?」
「引き抜きは大袈裟かも知れないが、カフェができたら経理を担当して欲しい。条件は聞くから、君のいい様に」
「あ、え、そんな…」
「まだ完成してないし、オープンも決まっていない。だから答えはまだ充分考えてからでいいから」
「…それは、ちょっと。……待ってください…」
「ん。待ってるから」
…その待ってるからは、多分ニュアンスが違います。痴漢と間違えた日、公園で職業を聞かれた。あの日、あの時にもう…この事は考えていたって事?
「あの店はね、私の店なんだ、個人の。会社の経営とは別だ、関係ないものだ」
「え?」
「会社は利益優先だ。当たり前の解った話だが、それに添った経営の仕方をしなくてはいけない。だから、そういった目的でないのなら会社とは関係なく勝手にならどうぞって訳だ。君は将来をどう過ごしたいか、考えているかな?」
…駄目。何も…答えられるものが私にはない。
「特に不自由がないから、ただ何となく、毎日を過ごしているってところかな?」
「はい…」
「君は、いくつになったんだ?」
「…35です」
「ただ何となく、気が付けば35歳だ。そんな感じなんだろ?将来は見えているかな?10年後、20年後、…30年後、どうなっていたい?」
「あ…いいえ、…何も」
そこまで考えたことはない。
「一人で生きて行くつもり?誰かと結婚して、と、必死に婚活をしてるのかな?恋は…、楽しむだけの恋ができればいいと?」
「まだ……一人で生きて行くとは決めていません」
だけど、それも曖昧だ。一人で居たくないと思ったときに、はたして相手は見つかるのだろうか…。そう、上手くいくものではない。
「それなのに現状のまま?ただ何となく?」
…矛盾してる…一人でと決めているならただ何となくでも大丈夫は大丈夫。でも一人で居たくないなら…言われたように何かしら努力をしていないと。成り行き任せでどうにかなる年齢ではない。
「…私にだって…結婚をしないかと言ってくれる人くらい居ます」
咄嗟に言った。
「ほお。では何故、その相手と結婚しないんだ。待たせてるのか?まだ待たせるのか。その理由は何だ?」
…それは…最近になって言われた話だからで……。そうしようと思っている相手ではない。
「何か引っ掛かるモノがあるのかな?それともその相手は誰も…駄目になった時の為にキープされているのかな?君が最終的な、決定的な事をしっかり言わないでおいて、君の優柔不断な気持ちのせいで、その男性は自己責任とはいえ、ずっと縛られ続ける訳だ。一生一人でいいと覚悟ができてないと待てない話だな」
…そんなに畳み掛けなくても、…解ってます、頭では。