勘違いも捨てたもんじゃない

キープしているのか、と言われたら、そういう人が居てくれていること、どこか優越感を持っているのかも知れない。多分そう…。

「…もう、離してもらえませんか?」

「帰るのかな?」

「はい」

「駄目だ。このままでは帰さない」

…。

「君は今、理屈ばかり言う私の事が鬱陶しくて大っ嫌いになっている。そんなままでは帰せないよ?」

…。

「言われたく無い事を言われるのは確かに鬱陶しい、自分の事なのに他人が大きなお世話だと。…言われなくても解ってるってね。好きだと思っているなら、何故、自分から結婚して欲しいと言わない。まだ会って日が浅いからか?まだ人となりが良く解らないからか?そんな事をしている内に人に取られたらどうする?君より相性がいいと思わせる女性と突然出会ってしまったらどうする?君がベストだとは限らない」

結婚…。武蔵さんとの事を言ってるんだ。…課長の存在を安住さんは知らない。だからさっきの、結婚してくれる人と言った事を武蔵さんだと…。

「やっぱり私とは縁が無かったと諦めるか。それも悪いとは思わないよ?きっぱり未練が残らないならね。君がそう思える性格ならね」

…そこまで結婚を意識していない。まだ、…。

「武蔵は優しい。そしてやる事が甘い。詰めの事だ。私は我が儘だ。こんな私に武蔵はずっとつき合ってくれている。それだけでも、あいつがどれだけ我慢強いか解るだろ?」

…我慢慣れしてるとでも?

「君にもきっと詰めが甘いのだと思う。異性だし、好きな分、私に対してよりきっともっと甘いはずだ。この場合、甘いの意味は色々だ…武蔵は寛容過ぎるな」

確かに、優しい…甘い。

「私は自分に甘い分、人に厳しい。最低な人間だな」

…。

「そんな部分は棚に上げて。大事な人には成長して欲しいと思う。こんなものかと思わずに、いくつになっても、ワクワクしていて欲しいと思う。やらなければいけない事に縛られてできないと思うなら、やらなければいけない事に手を抜けばいい。漠然とした話だ、解り辛いだろうが」

「…慣れた事ばかりより、新しい事もしてみるべきだという事ですか?緊張感は確かにありますけど」

ワクワクできるかはそれも個人差がある。性格がポジティブならそれも楽しめるだろう。

「んんー、まあ、それもあるかな。解っているとは思うが私は君の事が好きだ」

…目をパチパチさせてしまった。仕事の話でもするかのようにサラっと言ってしまったからだ。

「これは…酷い告白になってしまったな」

はあ、まあ、そうじゃ無かったら、今までの数々の緻密な行いが何だったのかになってしまうでしょうが…。

…。

…。

急に妙な空気が流れてる。パッと離された。好きと言わなかった間は抱き合って居られて、言った途端、こんな風になるなんて…。完全に安住さんは意識してる。…遠回しに、武蔵さんとはっきりしろって言われたのだろうか。そう感じたのだから遠回しでは無かったか…。他人の事だから何を言おうと責任は無い。思い切って言わせて、駄目になればいいと、どこかで思っているのかな。もう帰りたい……あ、…帰れるけど帰れない。でも帰りたい。でも洋服が…無残な状態だったんだ…。

「帰れない事に気がついたかな?」

「…え?…はい…」

これでは帰れない。
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