勘違いも捨てたもんじゃない

でもこのまま居ることはできない。

「さあ、どうする?」

…バスローブで外は歩けない。安住さんの部屋に女物なんて…無い、…有るかな、もしかして。

「うちに女物があるかなんて期待はしない事だ」

聞くより先に読まれていた。でも、“着る物”が何もない訳ではない。

「明日は休みだ。外商に言って来てもらうか…」

……が、外商ー?!何、それ。…大袈裟な。

「そんな、私なんかに滅相もない」

「サイズは解る。適当に持って来てもらうか…」

「いやいや、とんでもないです、そんな事」

「何を遠慮する。……ちょっと待っててくれ」

えー!連絡するつもりですか?そんなことしなくても、適当に構わないシャツなり拝借できれば。

「あぁ、安住です。田邊さん、遅いけど今日出られる?……女性物で、三十代………」

あー、どこかのタナベさんと言う人が来てしまうの?直に話してるんだ。持って来てもらうって…そんな大層なこと…。私は、それこそ上のシャツがあれば何とかなるんだけど。

「…OKだ。心配無い。ここには来させないから。下でコンシェルジュが受け取る。で、その中から君が好きな物をここでゆっくり選べばいいから」

心配ないの意味が…そこではない。コンシェルジュとか…どんなお暮らしをされているのかしら。ここに来た女性の皆さんにそんな事をされているのかしら。内緒にして渡されると物凄く喜ばれるのでしょうね。
あ、え、……今何時…?今日はまだ今日なの?夜なの朝なの?厚い遮光カーテンの閉まった寝室では解らない。…まだ夜なんだ、明日休みって言ってたし。では、明日までここに居るの?あれ、今、今日出られるかって…。いつになるの?洋服。今日?
武蔵さん……今更…武蔵さんに連絡して何とかして貰おうなんて遅い…?襲われた事、言っておいた方がいい?連絡すること躊躇している……この時点で自分が解らなくなる…。普通、真っ先に言うよね。こんな目に遭ったのって、…言うよね。絶対とっくに言ってる。助けてもらった安住さんの手前できないと思ってしまってるのかも…。でも、それはそれで。どうしようかと思う事が何だか可笑しいのよ…。何とか助かって大事にならなかったから…?そのお陰で気持ちが思ったほど沈んでないからかも知れない。それを大袈裟にして、知らせることでまた悲劇のヒロインみたいになりたくないから?
私は…私のモノとか、俺のモノとかっていう独占欲、そんな感覚が無いのかな。武蔵さんのモノって……思われたいはずなのに…。
あ。…あれだけ寒いと言っていたのに…パン一で立ってるじゃない…。

「あの、安住さんて、おいくつなんですか?」

何だか困って話し掛けるんじゃ無かった…。横に座られてしまった。

「…38だよ。興味が湧いて来たのかな?何なら、このまま外部とは遮断して軟禁する事もできる。今なら洋服も無いから飛び出す事もできない。……絶好のチャンスだな」

軟禁…段々なれて来た気がする。刺激の強い言葉を発して動揺させて。矢継ぎ早に言葉を重ねる。この、人が変わったような発言をするところ…。

「私、ご飯はきっちり三食食べないと気が済まないし、デザートも絶対食べます。他にもあーだこーだと注文が煩いです。軟禁すると面倒な女ですよ?」

「そのくらいいくらでも望んで世話するさ。三食、デザート?要求ではない、それは普通のことだ」

ハハ。…あーだこーだなんてこと、私は言えない、嘘だ。甘えるような我が儘はまず言えないし、態度もできない。凄く苦手だ。そもそも軟禁とは我が儘はそう言えないんだった。

「女性の我が儘は可愛いもんだ」

…あなたの方が、言う言葉は甘いのです。
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