勘違いも捨てたもんじゃない

折角、外商さんが持って来てくれるというもの。見るだけでも見てみたかったけど。…浅ましいかな。きっと要らないと言ってもそこは断れなくなるし。

眠った安住さんを確認して抜け出し、クローゼットからワイシャツを一枚拝借した。スカートは無事。泥はついてるけど擦って払い落とせば何とかなる。
ワイシャツを来て袖を捲り上げた。流石に大きいけど、帰るだけだから何とかなるでしょ。
伝線したり穴が開いたりしているストッキング、見るも無残なブラウス…。置いて帰る訳にはいかない。小さく丸めて鞄に押し込んだ。
はぁ…、よし。大丈夫。帰れる。

安住さん凄く良く眠っている。…のよね?もう一度、顔を覗き込んでみた。ここで話しかけて来ないのだから間違いなく眠ってるんだ。……ごめんなさい…疲れてる上に闘ってもらったから、更に疲れてしまったかも知れない。それに私のお世話も。
帰る事はメールに書き込んで送ろう。鍵は大丈夫だろう。きっとここも、出たら鍵がかかるのよね。かからなくったって安全には万全なのだろうから。

「…安住さん、帰りますね」

小さい声で一応帰る事を告げた。玄関に向かった。

あ、…いつしてくれたのか、きっと泥を拭き取ってくれたんだ。傷はできていたけどパンプスは綺麗に揃えて置いてくれていた。壁に手を付き、脚を入れた。痛、た、た。胸が痛んだ。思いっきり転んだからだ。
一度部屋を振り返り、出た。


はぁ、少し寒い…。ジャケットか何かも借りてくれば良かったかな。はぁ、出歩くには流石に脚の傷はちょーっと恥ずかしいかも…。どうしたの、その傷はって。すれ違う人の目線は、風を孕んで余計大きく見えるワイシャツよりも、何事か、ただ事では無い事があっただろうと連想させる脚に集中している気がした。
…そうですよ、訳ありですよ。じゃなかったらこんな格好で傷をさらして歩いてなんかいません。
はぁ、早く部屋に帰りたい…。でも、走るのも目立ってしまう。こんな時はタクシーでサーッと帰りたいところだけど…。そうもいかない…。

電車に乗り、充分に空いた席に座る事も無く、ドアに向かって立ち続けた。座ると生々しい傷や濃くなってきた痣が目立つ。今になって身体のあちこちに痛みがあるような気がして来た。
転んだ。抵抗もした。変な力が入っていたからに違いない。


はぁ、帰って来た…。やっぱりどこより我が家はいい…。何でも無く暮らして居るけど、一旦部屋に入ってしまえば、この囲いに私は守られていたんだ。ドアさえ開けなければ、迷惑なセールスにしつこくされる事も無い。部屋って凄い。壁があるだけで要塞よ。
あ~、何か変なテンションになってるのかな…。落ち着いていたつもりが…一人になった今頃になって、プルプルと怖くなって来たかも…。
何とか酷いことをされずに済んだ。本当タイミング一つだ。安住さんが来ていなければ私は多分…。カフェの場所も駄目にしていた。本当助かった。私、もっとちゃんとお礼をしないといけないのに、つい安住さんのペースで話をしてしまって……。
本来ならシャワーで身体を隅々まで洗い流し、ゆっくりお風呂にも浸かりたいところ。…綺麗になりたい。だけどこの擦り傷…酷い…。絆創膏を貼りめぐらせたら痛くないだろうか…。きっと滲みる…。
あ……、遅くなってしまった。お風呂より先に安住さんにメールしておかないとだ。

【目が覚めるより先に、お礼も言わず黙って帰ってすみません。それから勝手にワイシャツを一枚お借りしました。お気に入りの物でしたらごめんなさい。直ぐクリーニングして返します。バスローブは脱ぎっぱなしでした、ごめんなさい。助けて頂いて本当に有難うございました。安住さんが来ていなかったらと思うと、どうなっていたか…、怖くてゾッとします。それから、準備してくれていたかも知れない洋服の手配。無駄にしてしまったのでしたらごめんなさい】

ごめんなさいばっかりになってしまう…。
謝る事ばかりだから仕方ない。送っておこう。
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