勘違いも捨てたもんじゃない
【もう少しで完成だ】
あ。安住さん。完成って、カフェができ上がるんだ。そうか…。
あの場所はあの日以来行っていない。もしもがない訳じゃないから。日が落ちてから簡単に近づく事はできない。
安住さん。あの日、家に来て…。結局お昼迄、爆睡して帰った。
凄い勢いで担がれて運ばれ、ベッドに下ろされた。何がなんだか解らない内に、押し倒した私の上で寝息を立て始めたのだ…。勿論、それっきり何もない。
寝ている間にワイシャツを即仕上げてくれるクリーニング店に持ち込み、受け取りに行った。
全く予定が解らないから起きる迄寝かせておこうと思った。うさぎを抱かせておいた。
目が覚めた安住さんは、うさぎを見つめ、腑甲斐ないと言って溜め息をついていた。
「俺は、すぐ寝てしまったのか…」
「はい。私をここに運んで下ろすと…直ぐ」
…。
「高鞍真希、ちょっと、ここに来てくれ」
ベッドに?マットをトントンしている。
そこに座れって事?…近づくと危険な気がするんだけど。
半身で距離を取り腰を下ろした。…ほら寝起きで座ったままの姿勢で抱きしめられた。
「これ以上の事、するつもりで来たんだ」
…なんだろうな、この人は。こんな時、妙に正直だから、思い通りにできなかったという今だって、それが何だか可愛らしく聞こえてしまう…。
「ワイシャツ、急いでクリーニングして来ましたから、持って帰ってもらえますか?有難うございました」
後ろから回されていた腕を解こうとして、またその腕の上から抱き直されてしまった。困る…。
「安住さん…」
「出直す」
…。
「あとから荷物が届く。受け取って欲しい」
「え?…何ですか、荷物って」
「ワイシャツは置いておく。いずれ必要になるから」
「は?い?」
要らないの?こんなに急いだのに。
「邪魔したな」
あ、ちょっと、荷物って…。まだ聞いてないのに。
「あ、ちょっと、あ、車ですか?」
「ああ」
「寝起きです。気をつけて帰ってください」
「…ああ」
はぁ、もう。ずっと嵐みたい…。自分の身に起きた大変なことさえ、すっかり忘れている。…フフ。笑っていられるのは安住さんのお陰だ。
本当、奇跡だ…あのタイミングで来てくれて助かった。そうじゃ無かったら今頃私は…。考えたくもない。
【そうですか、良かったですね】
【ランチメニューの試食をしてくれないか?】
【私がですか?でも私は一般的な物の味しか解りませんから】
何々ソースの味わいとか、言葉で感想は難しいもの…。
【それが知りたいんだ】
…それはつまり…庶民の感想という事?
【どうしたらいいんでしょうか?】
【俺の部屋に来て欲しい】
…それは、こっちから罠にかかりに行くようなモノでは?もっと探れば本当に試食?口実なのでは?
【武蔵に迎えに行かせるから】
武蔵さんが一緒。だったら大丈夫ね。
【解りました】
【返事が早いな、武蔵と聞くと途端に安心するんだな。まあ、それはいい。では、夕方、連絡を入れるから】
【解りました】
武蔵さん…。思わぬ形だけど会えるんだ。