勘違いも捨てたもんじゃない
「さあ…」
ここはカフェのメニューを試食しに来て以来。
背中に手を当てられ大きくゆったりとしたソファーに案内された。
テーブルの上には納品書や、請求書、他にもファイルされたものが積み上がっていた。
「すまない、すぐ片付けるから」
それらを抱え、恐らく書斎にだろう、運んで行った。
構いませんよ、そのままでと言いかけて止めた。仕事に無関係の私が目にしてはいけない物だから。
「珈琲でも入れよう」
私が、と言えばいいのだろうが、インスタントを入れるのでは無いだろうと逆に気が引けた。
「…はい」
大人しく待っている事にした。
ドリップ珈琲だった。香りが漂って来た。
香ばしくて深い豆の香り。
思わず吸い込んだ。…落ち着く。
…香り。そう言えば、安住さんの香り、していなかった。
食べ物を扱う時はしない方がいいから、…だからだ。
近付いて来て…接近しても無臭だった。
「はい。……ん?」
「あ、何でもないです…有難うございます」
追い込まれるような話をして、更にキスをしたり、抱きしめられたり…。
それなのに、場所が変われば、また、雰囲気は変わって、普通に居られるものなのだろうか。
割り切れるものなの?
私は掻き乱れたまま、何がなんだか解らないまま…。好きだと言ってしまった…。言わされた。
「今夜、帰らなくてもいいな」
ドキッ。のこのこ、はいと返事をしてついて来た事はつまり…そういう事を認めた事になるの?
「え?あの…」
「明日、仕事がある訳じゃないだろ?」
…あぁ、それは…確かにそうだけど。
「あ、あの、私…武蔵さんのところに行って来ます。い、居るかどうか解りませんが、もの凄くここから近いじゃないですか。だから…会って来ます」
…流されてはいけない。
「私が連絡して、留守にするかも知れないよ?」
…。
「…行ってみます」