勘違いも捨てたもんじゃない


ふぅ。…武蔵さん。

「すみません、〇〇〇〇の武蔵さん、ご在宅でしょうか。高鞍と申します」

コンシェルジュに取り次ぎをお願いした。

「お呼び出ししてみます、少々お待ちください」

いきなり来てしまった。居ても、居ないと言われるかも知れない。


「高鞍様。どうぞ、とおっしゃっておりますので。あちらからどうぞ」

「有難うございます」

どうぞと言ってくれた、どういう気持ちで今、私を待っているのか。
急に安住さんから逃げるようにして、会うと決めてから、動悸が激しい。
ドクドクして手がずっと冷たい。緊張している。


ドアの前…。はぁ。
インターホンを鳴らした。
カチャ。早かった。

「…真希」

「武蔵さん…私…」

「入って。…大丈夫だから」

「…はい」



「座って」

「…はい」

ソファーに座った。
隣り合う身体は自然と少し距離が空いた。
…ふぅ。

「…どうした?そんな泣きそうな顔をして…」

何故来たかを武蔵さんはとうに察している。それ以外無いから。

あ…、こんなの、駄目なのに。
武蔵さんの顔を見て声を聞いて、緊張で張り詰めていたモノが溢れ出した。話す事より先に涙が流れた。なんて馬鹿なんだろう…。これは卑怯だ。

「…武蔵さん…今になって、もう、色々言っちゃいけないって解ってる。でもちゃんとしないといけないから。私…」

「…元気だったか?寒くなったよな。俺、使ってるよ、手袋。凄く使ってる。あったかいよ」

あ…。

「……有難うな。会いに来てくれて。恐かっただろ?会うまで。
こうして…顔を見て話すべきだったな」

武蔵さんは優しい穏やかな顔をしている。

「ごめんな、…有難う」

「あ、武蔵さん。私ね…」

拒否されるかも知れない。でも自分から腕を伸ばし抱きしめた。…最後だから。思いは残したくないと思ったから。言い切ってしまいたかった。

「ごめんなさい。はぁ…、好き…。上手く言えない、でも……有難うございました」

複雑な心境をどう伝えたらいいのかは解らなかった。でも、好き…。

「…真希。こうして抱きしめるのは、これが最後になるんだな…」

武蔵さんは片手で私の頭を胸に押し付け、背中をグッと抱いた。

…。

…。

身体を重ね合った時と同じ。互いの心臓の音が響き合う。速くて強い鼓動。
…離れられなくなる。

「…真希。…もう、終わりだ。帰った方がいい」

「…はい」

暫く顔を見詰めた。こんなに思いを詰めて見つめ合った事はなかった。

「…やっぱり綺麗で可愛いな。一目惚れは間違いじゃなかった」

武蔵さんの手。動いて戻った。多分、頬に触れようとしてくれたのだと思った。

「そんなことない…、武蔵さんの方が…ずっとカッコイイ」

「カッコイイってな…。何、まだ恥ずかしいとか言う?」

「…うん、…恥ずかしい」

「フ。まだ言うか…」

…涙を拭われた。これで本当の終わり…。


「浩雅のとこに戻るんだろ?」

「…うん」

…ううん。

「なんだ、妬けるな…」

…。

「帰るね」

「ああ。今になってやっと丁寧な言葉じゃなくなってるな」

「…本当だ…」


玄関ドアの前で見つめ合った。

「近いけど気をつけろよ?」

「うん、おやすみなさい。……さようなら」

「ああ、おやすみ」

真希…さよならは言わないよ。今まで変に無理をして、解らなくて見えなかったモノ、完全に離れることで見えるモノもあるから…。
実はそれにちょっと期待してる…。

武蔵さんの部屋を出て、私は自分の部屋に帰った。
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