勘違いも捨てたもんじゃない
仕事上がり、ちょっとした買い物に出た帰りだった。
あ、武蔵さん。街角にいる武蔵さんを見掛けた。勿論、探していた訳ではない。偶然だ。目が勝手に止まった。相変わらず目を引く容姿だ。あ。女性を車に乗せているところだった。きっとまた、安住さんのお見合い相手を送って行くところなんだ。
嫌がられるだろうか…ちょっと迷ったけど声を掛けて見ようと思った。
「武蔵さ〜ん」
手を振って走り寄った。
あ゙…真、希…。はぁ…。
「え?…こちら…お知り合いの方?」
女性が訝しげに眉間にシワを寄せた。
「この方は社長の知り合いの方です」
え?知らないふりされた?
「嘘…。武蔵さん、私の事忘れたの?」
…え、あ。そうなのね…もう私とは…知らない人同士になりたいってことなのね。
「ごめ…」
「これはどういう事かしら!…とんだ茶番のようね。私、帰ります」
びっくりした、凄い剣幕だ。何もそんなにと思ったけど、車に乗りかけていたスタイルの良い綺麗な女性は、更に眉間に深くシワを寄せ、私を一瞥するとツカツカと行ってしまった。
…恐〜。そんなになります?………あれ…え?もしかして…、これって私、……空気を読めなかった、とか、でしょうか……?恐る恐る武蔵さんの顔色を窺った。
「はぁ…、真希…久し振りだな。よく見てくれ。これは俺の車だ」
あ、ナンバー…。武蔵さんの車だ。という事はプライベート?じゃあ、やっぱり今の女性は……私がぶち壊してしまったの?…やっちゃった…。
「ごめん、なさい。またお見合い相手だって勘違いして…今から…だった?」
「はぁ…。んー、まあいいさ別に。それ程でもなかったから。いいよ気にするな。あー、それより帰るところなのか?」
「…あ、うん。そうだけど」
「送ろうか?」
「でも仕事中じゃ…」
「だから、仕事中の訳がない、だろ?」
車を指先で弾むように軽く叩いた。あ、そうか、そうでした。
「…相変わらずだな、そそっかしい勘違い…。なあ送っていいか、浩雅には俺が連絡しよう。待ってろ」
「あ、う、ん」
背を向け電話をしているようだった。携帯をしまった。
「よし。いいってさ。お許しが出た。さあ、乗った乗った」
荷物を先に引き取り、ドアを開けて背中に手を当て乗せてくれた。ドアが閉められた。運転席に乗り込み荷物を後ろに置くとエンジンをかけた。
「シートベルト、して?」
「…あ、うん」
…。
「して?」
「あ、ごめん…」
「フ…見惚れたか?…なんてな」
「うん、見惚れた…、事、思い出してた。何もかも、見惚れてた…」
「フ、…そうか」
こんな時があったなって…。そんな昔じゃない。
「飛ばすぞ安全圏内で。ショートカット、しなきゃな」
「え?」
「5、6分は作れるかな?…」
「…え゙っ?」
…何故?…頼んでない。
「フ、焦ったか?早く着きたいだろ?浩雅のところ」
あ、そういう意味で…。
「……あ、違う。私、帰るのは自分の部屋よ?」
「え?」
あれ?さっき安住さんに電話……聞いてないの?…それに私達はそういう…。
「私、安住さ…」
「あ…そうなのか。じゃあ、真希の住所を言ってくれ」
「あ、う、ん…」
路肩に寄せ、停まり、ナビに入れた。
「6、7分、早く着けるから」
さっきより早くなってない?
「別に急がなくて普通でいいよ?危ないから早く着かなくて。…これから用もないし」
「俺が早く着かせたいんだ…」
…え、…それはどういう…。…フ、何だか…フフ。勘違い、してしまいそうになった。
嵌めてある指輪に触れた。
モノには罪は無い…。