勘違いも捨てたもんじゃない
ピンポン。
………え?…、まさか…、ね。こんな時間の訪問者を、私は武蔵さんかも知れないと思ってしまった。部屋を間違えた人かも知れない。
「…はい」
「武蔵です」
え、あ、…。はぁ、武蔵さん。武蔵さんだ。ドキドキが止まらなくなった。
「あの、は、は、い、直ぐ…直ぐ開けます…」
ピンポン。カチャ。
「武蔵さん…」
はぁ…。
「メールを貰ってそれで俺は…」
お、…。高鞍さ、ん?
「はぁ…嬉しい…会いたかった…」
ギュッと抱きしめられていた。
「…あ。貰ったメールは問題有りの内容なんだけど、それより何より、湧き上がった気持ちの方が勝ってしまった。…朝まで居られます」
腕を回した。抱きしめた。暫く玄関で抱き合った。
「…あ、ごめんなさい、こんなところでずっとなんて」
「いや。お互い離れたくないみたいだし…」
あ…。見つめられて恥ずかしくて俯いてしまった。嬉しい…嬉しくて…自分からした衝動なのにドキドキが鎮まらない。…今更、冷静になんて…。でも。
「どうぞ…、上がってください」
「…ん、お邪魔するよ」
…あ、こんな薄着のままで。忘れていた。
「あ、あの、ごめんなさい、ちょっと、上に何か羽織って来ます。…あっ」
行きかけた手を引かれて抱き留められた。
「聞いて。俺は、社長が相手でも退くつもりは無いから。社長がこれから貴女にコンタクトを取って来ても、それは…貴女の気持ち次第だと思っています。貴女はまだ社長の事を知らない。内面を、と言う意味です。勿論、俺の事も知らない。紳士だと、貴女は感じたようだが、アイツはただの穏やかな紳士ではありませんよ?」
「あの…アイツって」
そんな言い方…。普段は社長さんのことをそんな風に言ってしまうの…?…嫌な人…だからだろうか。どこか従えないような部分があると話の中で、アイツじゃなくても呼び捨てたりすることはないとは言えないけど。
「あぁ、それは、俺とアイツは幼なじみなんです。小さい頃からの長いつき合いなんで、お互いに…表も裏も知っているつもりです。そして、こんな事を言っている俺も、当然、紳士ではありませんからね?アイツとは昔から平気で喧嘩もしますから」
幼なじみ…ずっと一緒、凄く、公私共に近い存在なんだ…。関係性、難しくならないだろうか。
「武蔵さん…私」
「幼なじみなんて近すぎて驚いた?猛でいいですよ。急に時間も考えず来て、怖くなりましたか?俺の事…」
痛いくらい強く抱きしめられた。
「はぁ……アイツには渡さない…」
…え?何か呟いたみたいだったけど…。