勘違いも捨てたもんじゃない

「アイツの今日の用っていうのは、髪を染め直す為に美容室に行ってたんです。もう、黒髪に戻ってますよ」

あ、じゃあ、いつもシルバーってことではないのね。そうよね、社長さんなんだから。では…。

「何故、シルバーだったのですか?」

仕事上?色々変えたりするってこと?名刺には業種が解るような表記はなかったと思う…。

「社長の気まぐれです。電車に乗る為に…変装のつもりでシルバーに」

「…変装?正体を隠す為って事ですか?」

…わざわざ?

「まあ、そんな感じです。あまり意味はありません…坊ちゃんなんで、守られ過ぎていて、一人で乗った事がなかったんです」

「学生の頃も?」

頷いた。

「身の安全を考慮して、ずっと車で送り迎えされていました」

「そうなんですね…」

凄すぎる…。本当にそんな人、居たんだ。私の身近にはそこまでの人は居なかったな。

「ところで、一緒に寝てもいいのかな?」

「え?」

チュッ…、チュッ…と口づけられた。寝るって…。あ、え…ぁ。武蔵さん…。

「…メールは完全なお誘いだと思ったんだけど…違った?」

強くて熱い眼差し……おでこに唇が触れた。…あ。…あれは誘いというか……。誘いは誘いでも…軽い誘いのつもりではなかったのだけど。…とにかく…会いたかったのは間違いなくて…。

「はぁ、もう…。目茶苦茶、一目惚れなんだ…。君が顔を上げた時、心臓を撃ち抜かれた気がした。実際そんな痛い経験は無い。大袈裟な表現だって思うだろうけどそれくらいの衝撃だったんだ」

……本当に?…私なんかを、本当にそう思ってくれたのだろうか…。さっき誘いだと思ったと言われた。…身体の関係だけが目的ということはないのだろうか。それだけの相手にはされたくない…。

「俺も君もお互いに見えてるモノ以外まだ何も知らないけど、惹かれているのは確かだよね?まだそれだけで、もう、君の部屋に居るけど、いいの?」

それは…。

「…いいです」

会いたかったから。

「本当に?俺がとんでもない奴だったらどうする?」

確認されても。今は…盲目状態で解らない…だって、嬉し過ぎてこの状況さえ信じられないでいるもの…。

「あ……そんな人には見えないですから」

一言一言、言葉を交わす度、胸の高鳴りが増すばかりで…。この目にずっと見つめられていると…とても…。

「…上手く…隠してるかも知れないよ?」

確かに…女の人には慣れている、とは思う。やりとりをしているとそれは間違いないと思う。……こんなに魅力的で…言葉も巧みで…。

「だったらずっと騙し続けてください。そしたら何も問題無いでしょ?」

メッキは剥げるもの…。偽りは続けることがしんどくなる。

「強気だな。面白い発想だ。…自分で自分の事をいい人だなんて言う奴は信用ならない。悪い奴だと言うのも案外そうでもないって思わせるためかも知れない。…いい人だと思わせる言動はするだろうな。俺がどんな奴かなんて、君が自分で感じて判断して貰うしかない。そういうものだろ?」

「…はい」

…もう、胸が…ドキドキし過ぎてどうにかなりそう…。

「…潤んでる。…綺麗ないい目だな…」

頬に手が触れると同時に射ぬくような目で見つめられた。抱き上げられた。

「…あっ…武蔵さん?」

「覚悟はできてるよね。その根性、試させて貰うか」

夜中だから?雄の部分が強いから?車の中で抱きしめられたこともキスをしたことも私は戸惑いながらも受け入れた。…男女のやり取りだから?話せば話す程、ちょっと前の、まだ躊躇いのあった武蔵さんとは違う。 言葉遣いのせいかしら。 優しいのに熱っぽくて、そして狼っぽい…。

ベッドに下ろされた。
上着を脱いでいる。ネクタイを解いた。

「あ、…私」

今、思い出すなんて…。もしかしたら私…駄目かも知れない…。こんな風なこと無かった。…あれからこういうことは…していない。
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