勘違いも捨てたもんじゃない
「あの、私……」

「ん?…怖じ気づいた?もう遅いよ?」

仰向けの身体に武蔵さんの身体が被さった。ゆっくりと食み、甘く唇を塞ぎ続けながら、冷たい手が部屋着の裾を少し捲り、上がって来た。下着の上から胸に触れた。…あ、駄目…嫌、…本当に駄目かも…知れない。

「ん、ん…嫌…ん、待って…お願い、嫌……」

首を振り顔を背け身体を捩った。身体を抱きしめた。…あ、ぁ…やっぱり……、無理かも知れない…。

「ん、どうした…違ったか?嫌って、本当にまだ嫌って事?」

嫌って言葉はこういうとき、難しい。…そうじゃない。そうじゃなくて、……私は。

「…ごめんなさい、…駄目みたいなんです」

「駄目って、どうした……ぁ、できない日か…」

「違う、そうじゃないです。私…嫌じゃないけど無理かも知れない…」

…困惑させてる。勿体つけてるのかこんな状況になって……誘っておきながら、今更駄目なんて…何なんだって。……帰ってしまうだろうか。あ。ふぅっと息を吐く音が聞こえた。武蔵さんが隣で横になった。ここに今夜来たこと、後悔させた……。
背中を向けるように更に自分の身体を抱きしめた。

「…できない日じゃないっていうのは本当なんだろ?触れたら急に怯えた。拒絶した。……何かあるんだな?…」

あ。後から腕が回された。抱き寄せられた。
触れられた瞬間ビクッと過剰に身体が跳ねた。

「こうするだけも無理か?」

凄く優しい声。首を振った。

「…大丈夫」

身体を反転させられ前から抱きしめられた。

「無理してないか?……これは?大丈夫か?」

抱きしめることはもう何度もしている。

「はい…大丈夫。大丈夫なんです…ごめんなさい」

武蔵さんに抱き着いた。大丈夫なんて言葉で答えたくない。…抱きしめ合いたい。

「あ。…俺は…こうして居られるだけでもいいんだ。浮かれて欲が強すぎたな。…はぁ、そうだよな、欲しくて急かし過ぎたな。よく解らない奴となんて、怖かったよな。…ごめん。抱いてて大丈夫なら…今日はこのまま寝よう、な?」

頭を撫でられキスを落とされた。

「違うの…、嫌って、無理って…違うの」

「いいんだ、無理するな。自分を責めないでくれ。気持ちにズレがあるって事もあるのに俺が強引過ぎた。自分に都合よく勘違いしたんだ。……何があったか解らないけど、心の準備ってのも、あるよな?後悔はさせたくない…無理してまでする事は無い。それは違う」

「違うの…武蔵さんが嫌とかじゃないの。触れられて…、嫌な事を思い出しただけなの」

私…必死。言わなきゃ。

「武蔵さんは違うのに…。私は…」

「いいよ、無理しなくて」

「違う。違うの」

首を振り続けた。…どんなことがあったのか、それを言わなきゃ。武蔵さんとすることを嫌がって、言い訳してるって誤解だってさせてしまう。全部話さなきゃ…。

「私、昔の職場で……、もうずっと前になるのに…セクハラで…しつこくされて…馬鹿だから、その人、上司だから逆らえなくて、されるままに…嫌なのに、凄く嫌だったのに…。ただずっと我慢して…我慢するしかないって。そしたらずっと……凄く執拗に何度も触られるようになって、それが続いて…それで…それを思い出してしまったから…」

あっ。顔を胸に付けられ抱き込まれた。

「もういいよ。はぁ、そうか…。そんなことがな…。
…馬鹿だな、我慢なんかして。そんな野郎は張り倒して蹴り上げてやれば良かったんだ。汚い言葉で罵ってやれば良かったんだ。君は真面目そうだから。だからできなかっただろうけど。…仕事の事があるからって思って、初めは我慢したんだろ…」

「…はい。そうです」

背中をトントンして優しく撫でられた。…はぁ…武蔵さん。

「…ごめんなさい」

「謝らなくていい。何も悪くない。………一度では終わらなかった。我慢するだけ我慢して、結局辞めるなら直ぐ辞めたら良かったんだ。…我慢損だろ?長くなればなる程、考え方だって可笑しくなってくる…。こんな事をされるのは自分に何か問題があるんじゃないかって、変な方向に…自分を悪く考えただろうに…」

「…はい、その通りです…。もう…可笑しくなりかけて、やっと辞められました…。言葉でも色々言われて…、若かったから何も解らなくてただ怖くて従うしかないって思ってしまって、でも誰にも言えなくて…」

「うん…屑だなそいつ。まだ仕事続けられてるのかな。どこの会社だ。俺がぶっ殺してやるから」

「武蔵さん…そんな、駄目です」

「俺の事、好きだと思ってるか?他に好きな奴は居ないのか?」

「居ません、居ない」

…好き。凄く惹かれてる。

「だったら俺が大丈夫にするから」

「武蔵さん…」

「大丈夫だ」
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