勘違いも捨てたもんじゃない
「この土地はね、老夫婦が所有しているものなんだよ」
「老夫婦?」
「…そう、老夫婦。見るからに仲睦まじい穏やかな夫婦だ。この場所に家を建てて、いずれは息子夫婦と暮らそうと考えていたらしい」
「二世帯住宅とかですか?え?でも土地…」
どうなってしまうの?そんな大事な土地を手放したということ?
「そうだね、まあ、住居の形態は当事者で納得のいくように造ればいいと思っていたらしい」
「そうですね。一方的に良かれと思って建てても…息子さんにも色々あるでしょうから」
「ああ…そうだね」
「でも、そんな大事な場所なら無理なんじゃ…」
でも、手に入れた。進めてるのよね?
「同居の話が無くなったんだ」
「え?」
「老夫婦の願いは叶わなくなってしまったんだ」
「え……駄目だったんですか?」
だから手放したのか。
「…ああ。息子夫婦はとうにマンションを購入していてね、今住んでいる場所から移りたく無いと言ったらしい。結婚は遅かったそうだ。仕事関係、いずれ生まれてくる子供の教育の事を考えたら、こっちより今のところがいいらしい。元々、同居するという事は、話し合っていた事では無く、親が願っていただけの希望だった」
…そうだったんだ。
「でも…今はそう言っていても、状況は都合によっては変わるかも知れませんよね?」
一緒に住みたいってなるかも知れない。それこそ先のことは解らない。
「そうだ。何かが起きて、同居した方が良かったと言い始めるかも知れない、まだ未来は解らない事だ」
「はい」
何だか、知らない家族の話なんだけど、親の気持ちを思うと一緒に暮らせたらいいのにと思ってしまう。
「無いと解っていても、一縷の望みがある内は完全に手放したく無いと言われた。だからこの土地は借地だ。いつでも返せるように。必要になったらカフェは即壊す」
「あ、は、い」
そんな条件で…。いいの?それでも造りたいんだ…。
「私としては大博打だな。建ててすぐ無くなるかも知れない」
「はい…」
そうなることもある。大損…してしまうのに。
「…ただ何となくだけど、望みは失いたくない反面、そんな日はまず来ないでしょうと夫婦が言うんだ…。お店ができると私達がずっと毎日お茶を飲んでゆっくり寛げる場所ができていいかも知れないと言ってくれた…。よそ様のお子さんでも元気にしている様子を見られると我が孫のように嬉しく思うでしょうと」
…何だか切ないけど、会った事も無い老夫婦が、穏やかにお茶を飲みながら、林の向こうで遊ぶ子供を眺めて話をしているのが見えた気がした。
「駐車枠は裏手に少しだけ。ここら辺の人がちょっと一息するように来てくれるなら、駐車場はそんなに要らないと思ってる」
確かに。ここは住宅街でもある。 バンバン車が通る通りでも無い。知る人ぞ知る、そんな場所になっていいと思う。お店の外観も自然に馴染むような感じだといいな。
「さあ、遅くなる、戻りましょうか」
「あ、はい」
私もここで、老夫婦の隣でお茶を飲みたくなった。