勘違いも捨てたもんじゃない
「あの、すみません」
「ん?」
「名刺を頂いていたのに、ずっと何もご連絡しないで」
…そうは言ったものの、その気がなければそれでいいものだけど。
「それは、別にいいでしょう。あんな物、時間が無いのをいい事に、どさくさ紛れに押し付けるように渡されても、貴女だって困ったでしょ」
「そんな事は…」
困ったけど、あるとも無いとも言えない。
「私も馬鹿ではない。これでも経験はあります。正直、寂しかったのは確かです。これっきりにしたいんだなって解ったから」
…。
「連絡を頂け無いのはそういう事だから」
…。
「フ。いいんですよ、困らないでください。…正直な人だ。でも、だからと言ってですね、諦めた訳では無かったんです。これは駆け引きをされてるのかも知れないってね。ポジティブ思考です。ハハハ。もしかしたら、これって連絡をしないで、私は試されているのかも知れないってね。まあ、これは、自分に都合のいい、痛い解釈ですけどね、ハハハ。それで…。私は痛い事を承知でこちらから連絡をした。しかも気持ち悪い事をしてすみませんでした。不信に思われたでしょ?会社にいきなり電話してくるなんて、一体どんな力を使ったの、なんてね」
…はぁ、ここまで話してくれるなら、もうここは正直に返事をしよう。
「はい」
「あ、…本当に…貴女は正直な人ですね。…ハハハ」
「…ごめんなさい」
「いや、いいんです。謝るなんて可笑しい。電話をかけたからくりは、貴女が持っていた封筒のお陰なんです」
封筒?……あ、会社の。
「どんな力も利用してなんかないんですよ。社長権限で、調べろ、なんて事はしていない。覚えてますか?あの日、貴女が胸に抱えていた、社名の入った封筒です。それを覚えていました、忘れないようにね」
「あ、の」
「連絡先を渡した私は、ただ待つだけですから。どうしても、待っても待っても、何も連絡が頂けない時は、あの封筒の会社にかけてみようと思いました。勤務先か、取引先か、どちらかだろうと、信じて疑いもしなかった。かけて正解でした。何もせず、ただ待っていなくて良かった。こうしてご飯につき合って貰えた。あ、おまけもあったのですよ?」
「おまけ?」
「はい、マ、キ、さん」
「え?…どうして…」
名前…。
「マキさんで合ってますよね?」
「は、はい」
「あ、引かないでください。タカクラさんをお願いしますと伝えたら、タカクラは二人居ると言われた。男性と女性がね。女性の方ですと伝えたら、タカクラマキですね、と言ってくれた。間違っていても何の問題も無い。代わって人違いなら違いましたと切るだけです。そして代わったら貴女だった。勿論、こうして会えたのですから、今となっては直接問えるのですけれど。貴女の名前を知って、貴女に電話が代わる迄のつかの間、嬉しい時間でした」
あの子は…誰にでもそんな確認の仕方をしているのかな。これでは簡単にフルネームがだだ洩れじゃないの。別に構わないけど、普通、同姓で性別が同じ場合よね、フルネームまで伝えて確認するのは。