勘違いも捨てたもんじゃない
あぁ…、強いていうなら、私もブラック珈琲が良かったな。
「はい。次は本当のオープンテラスで、必ず」
クスッ。店が無かった照れ隠しと社交辞令ってとこかな。
「有難うございます。そうですね、次は是非、カフェテラスでランチでも…」
ご馳走させてください。取り出したミルクティーの缶を渡された。ミルクティーより珈琲が良かったけど仕方ない。押した自己責任だから。
またベンチに戻った。
「あぁ、会社に連絡、早く入れておいた方がいいね。遅刻するより先の方が印象がいいから。
完全に遅刻してからだと、本当に言い訳にしか取られないだろうからね」
なるほど、そうね。では失礼して。まだ辛うじて始業時間前だ。間に合う。頷いて携帯を取り出し、失礼しますと断って会社の番号をコールした。
「おはようございます。高鞍です、お疲れ様です。あの実は…」
紳士が言ったように痴漢に遭った事にして遅刻の理由を伝えた。私が連絡をしている間に、貸して、と小さく断り、ミルクティーのプルタブを開けて置いてくれた。
「はぁ。すみません、有難うございます、開けて頂いて。電話、失礼しました。全部が嘘っていう訳では無くても、何だかちょっとドキドキしました」
「いいや。今の電話の感じだと、少しの時間なら大丈夫そうだね。やっぱり不快だった?ちょっと当たるくらいでも。あ、いや、私は何を聞いているんだろうね。不快に決まっているな。改めて聞いて確認する事では無かった、申し訳ない」
「え?」
あ、電車の中の…手が触れた事ね。ミルクティーを口にして少し気を抜いていた。
「……あの、何て言うか。んんー、例えばですね。胸もお尻も完全に揉んでるとか、スカートの中に手を入れて触っているとか…あ、…すみません、恥ずかしげも無く、はっきりと。そんな感じじゃ無いから、本当に難しいんですよね。当たってるって言えば当たってます。不快かと聞かれたら、いい気はしないですけど、それ程でも無いと言うか…」
「当たってるだけで満足する痴漢だったら?」
「あぁ、それは…そうですね、そう言われると、もう本当に解りませんね。痴漢側の気持ちは解りませんから」
「うん。だとしたら、私もやっぱりある意味痴漢かな〜。かも知れないよ?」
ん゙ー。
「解りませんね…」
「そうだね、解らないと言えば解らないね」
…え、じゃあ、本当は痴漢だったの?多分ちょっとだけ疑いの目で見てしまったのだと思う。
「あー、いやいや、違うよ?言い訳の仕様もないし証明も難しいが、本当に痴漢では無い。そこは強く否定する、させて欲しい」
ほっ。良かった。
「だからと言って良くはないよね。君の…お尻に手を触れてしまったのは事実だから、本当に申し訳ない。だけど、さっき駅員室で、いつもされてるって言ってたけど、よく今日まで、別の、その…痴漢?から堪えてたね」
「ゔゔん、…それは。何故今日勇気を出してみようとしたのかは解りませんが。ただ…」
昔、ちょっと…、ちょっとではない。嫌な目に遭ってるからかも知れない。だから、いつかは勇気を出さなくちゃって…。弱くて、流されてるだけでは駄目なのは解ってるから。
「どうした?何かあったの?」
「…あ、はい、痴漢では無いのですが、昔、ちょっとあって…」